里山の日常(仮タイトル) 九
若葉なつ その五
販売所では、平台の上に種類毎にまとめられた野菜が置かれているが、野菜をアピールするようなポップは一枚もない。見たり触ったりすれば、確かに新鮮さは伝わるのかもしれない。しかし、おいしさは食べてみないと伝わらない。
たとえば、トマトを置いてある場所。普通のトマトとミニトマトが混在して置かれている。ミニトマトなんて、黄色いものと赤いものが同じ袋に入れられているし、丸いものと俵状のもの、明らかに種類が違うものも同じ袋に詰められていたりする。ラベルには、ただミニトマトとしか書かれていないので、お客さんは、これらが同じ種類のミニトマトなのかどうかわからない。
そして、お客さんは一度買って食べてみなければ、そのトマトが甘いのか酸っぱいのかも判断できない。トマトの種類やその品種の特徴やおいしさを伝えるものが何一つ示されていないのが実状だ。
(自分が買う側にたったならどう思うだろう)
販売所の平台を眺めながら、なつはそう思った。せめて品種だけはラベルに書いてもらおう。
でも、それだけでは足りない気がする。季節に合わせたおすすめ料理みたいなものを掲示できないか。
田中のおばちゃんにいつもお裾分けしてもらう度に思うんだけど、おばちゃんは季節に合わせた料理を作るのがうまい。その時期一番おいしい野菜を選んで、彩りよく料理を作ってくれる。しかも選んだ野菜が、さり気なくうまさを主張している。
この間もらったきんぴらも、ゴボウとニンジンといったオーソドックスなものに旬の野菜を加えて作ってあった。ああいう料理の写真やレシピを野菜の近くに飾ったら、お客さんの手も自然と伸びるじゃないか。そんな気がする。
試食できればなおいい。好評なものは、道の駅のレストランで季節メニューとして取り上げるのもいいんじゃないだろうか。
なつの頭の中でアイデアが動き出した。
これらを作るにあたってあたしが身に着けなければならないことは……。
あごに手を当てながら思案しているなつをみて、オーナーが声をかける。
「何、難しそうな顔をしているの」
「ああ、オーナー。昨日言われたことを思いだして、自分に何ができるかを考えていたんです」
「ほう、それで」
「お客さんが欲しい野菜を選びやすくするために品種をラベルに書いてもらおうかと」
「それは、すぐにでもできるからいいかもしれないね」
「それと、旬をむかえた野菜を使った料理の写真やレシピを野菜のそばに置きたいと思うんですけど」
「なっちゃん、料理得意だっけ?」
「いえ、農家のお母さんたちに相談して決めていきたいと思ってます」
「それはいいね。味見するときは、僕も誘ってね」
オーナーが微笑みながら返してきた。
「できれば、ホームページにも応用できるようにパソコンで作ってくれないかなあ」
「えっ!パソコンでですか?」
なつが戸惑いの表情を浮かべるのを見て、オーナーがさらにつづけた。
「ちょうどいいじゃない。ポップを作れる環境は僕の方で準備するから、なっちゃんは、ポップを作れるスキルを身につけてね!」
それだけいうと、オーナーはまたどこかへと出て行ってしまった。
「えええええ!インターネット?、ポップをパソコンで作る?」
そんなことまでは全然考えてなかった。なつはいってしまったことを少し後悔した。でも、いってしまったんだからしょうがない。やるっきゃない、とも思った。
つづく
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