見出し画像

大学時代の思い出(9)

 米沢というところは、福島から山形側に国道13号線で一山越えたところにある盆地だ。福島と山形のどちらが近いかといえばおそらく福島の方が近い。

 傘を手放せない気候で、晴れていても、一日の内一度は必ずどこかの時間帯で通り雨が降る。昼は盆地のため、ものすごく暑くなるが、夜になると掛け布団がないと寝られないほど気温が下がる。

 もっとも、12月に入るとどんよりとした曇り空の日が多くなり、毎日のように雪が降る。この季節になると逆に傘はじゃまになり、フードの着いた上着を着て外出することが多くなる。最近では、あまり雪が積もらなくなったと聞くが、僕らの住んでいた頃は、街中でも2m以上の積雪があった。

 そして、桜の開花時期が北にある山形よりも遅い。そのため、日本全国ツアーで回っているアーティストが福島の次に山形でコンサートを開いたときに、「途中で桜が開花していました。山形ももうすぐですね」などとコメントする場合があったが、その時点で山形では桜はもう散っている。

 5月になると、スーパーにもサクランボが並ぶ。お隣の南陽市あたりがサクランボの産地だからだ。しかし、並ぶサクランボは、高級な佐藤錦ではなく、アメリカンチェリーと呼ばれる赤色が強い外国産のものが多かった。佐藤錦は、きず物と呼ばれる虫食いのものや一部傷んだものが出回っていた。高級品は、全て都内に出荷されるらしく、地元の人の口には届かなかった。

 お店で聞いた話によると、山形の海辺で捕れた魚も一度は築地に入り、その後、トラックで米沢まで運ばれるらしかった。今では、産地直産を売りにしているところが多いので、こんなばかげたことはしていないと思うが、1980年頃は何でも物が一度東京に集まる流通システムだったらしい。

 米沢のお酒といえば、東光か初孫になるのだが、どちらも甘口で好みではなかった。東光の酒蔵は、間借りから五分もかからない場所にあったが、結局ほとんど飲まなかった。代わりに飲んでいたのが樽の香りがついた樽平というお酒、もしくは秋田の高清水。いずれも辛口がうりのお酒だった。東京だと、新潟のお酒が飲めるが、この頃、米沢では東北近辺のお酒しか酒屋に置いてなかった。といっても近くの酒屋だけだが…。

 夏、暑い季節には、よく市民プールに行った。この市民プール、その頃は無料だった。なにしろ、最上川の水をプールに引き込んだだけの50mプールで、水温がめちゃくちゃ低い。30分も泳いでいれば、唇が紫色になるほどの冷たさだった。部屋には扇風機しかなかったので、このプールにはお世話になった。

 学生の娯楽というと、もっぱら、ボーリングだった。1ゲームいくらだったかは、もう覚えていないが、ヘッドピンに赤いピンが出たとき、ストライクをとると、瓶のコカコーラが一本もらえるサービスがあったことを覚えている。そうそう、あの頃、まだ瓶のコカコーラ-がまだあった。最近また復活しているみたいだけど…。

 あまり健康的な遊びはしていなかったような気がする。部屋で麻雀を何度かやった。学生チャンピオンの先輩がいて、その先輩の後ろで見ていたら、並べた牌を一度だけ動かし、後は、右から切って、とった牌を左に置くだけで上がってみせると言っきった。見ていると実際にそうやって上がってしまった。どこにどの牌があるのかを全て記憶しているとしか思えない。レベルの違いをまざまざと見せつけられ、逆に麻雀への興味をなくしてしまった。以来麻雀は付き合い程度しかやったことがない。

 秋になると、芋煮が始まる。日曜日になると会社の仲間同士や家族連れなどが最上川の河原を埋め尽くす。こんなに人がいたのかと思えるほどの賑わいだった。僕たちも河原で芋煮をしたのかといわれると、ちょっと違うと答える。

 ある日、大家さんが芋煮をやるというので、間借りに住んでいる連中で、訪ねると、なぜか大家さんのトラックの荷台に荷物と一緒に積まれて、大家さんが持っている山に向かうことになった。今思おうと、この大家さん、大家以外にも仕事を持っていたのだが、何が本業なのかいまだにわからない。山では椎茸を栽培していたようだし、冬になると除雪車に乗って、雪の除雪作業をしていた。朝早く、間借りの前を綺麗に雪かきしてくれるのはいつも大家さんだったのだ。

 大家さんのトラックが行き着いた先は、これ以上道がないという山奥。そこで、持ってきた材料と鍋をトラックから降ろす。その後、大家さんに教わった場所にいくと不思議と沢があり、そこでタンクに水を汲む。それを元の場所まで運ぶのが学生の仕事だった。後は大家さんが男のおおざっぱな味付けで芋煮を作っていく。芋煮は、里芋と牛肉が入った醤油味のお鍋なのだが、ここでの芋煮には、里芋と牛肉以外に大家さんがとってきたキノコがこれでもかというぐらい入る。名前の知らないいろいろなキノコから何とも言えない出しがでて、芋煮にコクと香りが生まれる。非常においしい芋煮だった。

つづく

 エッセイ集 目次

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?