ひとはどんなときに命が有限だと実感するのだろうか?
今後、このテーマで、主人公を変えて何パターンか文章を作っていきたいと思っています。一回目は、ほぼ実体験でフィクション性が貧しいものになっています。
渡瀬徹(わたせとおる)53才 その一
街中を歩きながら、店のガラス窓に映る自分の姿を見て唖然とした。
「なんか、お腹がぷっくりと膨らんでないか?」
窓ガラスがピカピカに磨き上げられた、レストランを通り過ぎるときに、再度確認する。
「やっぱり膨らんでいる」
医者からは、血圧が少し高めといわれ、去年から薬を処方されている。
「朝、ジョギングをしている」と医者に話したら、冬場は避けた方がよいといわれた。そのため、寒くなってくる11月から約半年間ジョギングを休止していた。
先日、久しぶりに体重計を引っ張りだして、計ってみたところ、その数値は70キロ一歩手前だった。このままではいけないと思い、5月中旬からようやく朝のジョギングを再開したところだった。
身長165センチ、体重は63キロぐらいが適正。6キロ以上オーバーということになる。お腹が膨らんで見えても仕方がない状態だった。
このところ、ジョギング休止中の体重増加量が増えている気がする。
去年は、休んでいる間に3キロほど増えた、今年は5キロ。食べる量が、極端に増えたわけではない。むしろ、減らしているはずなのに、なぜか体重が増える。あきらかに新陳代謝が鈍ってきている。歳をとったんだなあとつくづく思う。
50を超したころから一段と人生の終盤を意識しだすようになった。体の衰えを感じることが多くなったからだと思う。運動しても体重が落ちないのもその一例だ。歩くスピードも遅くなった気がする。まったく意識しないで歩いていると、若い人たちに平気で抜かれていく。40代のころは、そんなことはなかった。
ひとは、人生の中で、何度ぐらい命が有限であることを切実に実感するのだろうか。ぼくの場合、少なくとも10年に一度は実感しているような気がする。
小学生の頃、夏休みが長くて、どうやって時間を過ごせばいいのか真剣に悩んだことがあった。その頃は、時間が有限だとは思ってもいなかった。もちろん、命も。
1970年頃の遊びといえば、イコール、外で遊ぶことだった。一緒に遊ぶ友たちが見つからない時は、どうやってひとりで時間をつぶすか真剣に悩んだものだ。今みたいにひとりで遊べる携帯ゲームみたいなものはなかったし、インターネットも当然無かった。ゲームでひとり遊びできるものは、トランプか折り紙ぐらいのものだった。どんな遊びも複数で行うものだった。
だから友達が見つからないと先に進めなかった。
中学生になってから、本を読むことを覚えた。
小学生のころは、本よりも外で遊ぶことの方が楽しかった。竹馬を作ったり、札幌オリンピックで見たアイスホッケーを真似して、自前で作ったスティックとパックを使って、ローラースケートをスケートがわりに遊んだりすることが楽しかった。
小説やエッセイなどを読むようになって、自分の人生にも色々なことが起こる可能性があることを知った。そして、その中には死も含まれていた。
また、小学校のころの友達の一人がバイク事故で亡くなったことで、身近に死があることをあらためて実感した。
ただ、この頃の体験は、脳内に「人生には限りがある」という情報がインプットされていくもので、当然のことながら自分の体の衰えから感じるというものではなかった。
中学、高校と水泳部に所属し、水泳をやっていたため、体にはまったく脂肪が付いていなかった。
ところが受験となり、水泳をやめ、浪人をして、大学に入った19才のころには、見事な脂肪が増えて体重は、20キロオーバーの76キロにもなっていた。原因は、運動をやめた後も、食事量を減らせなかったことだった。欲求のまま、食事をとっていた。人生のうち、一番太っていたのはこの時期だ。
ひとの命には限りがあるということを、自分の体で実感したのは、29才の年だった。無菌性髄膜炎にかかり、1ヶ月間意識不明となり、3ヶ月間入院したときだった。
右手の親指から痛みが出はじめ、その後右手がまったく使えなくなり、鉛筆を持つこともできなくなった。痛みは、体中に広がり、毎日40度の熱がでるなか、なんども病院を変えて受診するが原因がつかめず、どの医者にも病名がわからないといわれた。
最初に、訪問した市立病院を再度訪れ、ごり押しで検査入院をとりつけ、一週間もしないうちに、意識が無くなった。結果的に、病院で意識を失ったことは、幸運だったと思う。
ロシアにとらわれ、冷凍倉庫に閉じ込められている夢を見ているうちに、意識が戻った。自分の周りを見わたすと、氷付けになってベッドに寝かされていた。高熱が続いていたらしい。病名は意識が戻ってから知らされた。
この後の、数ヶ月は、自分にとって人生を見直す、貴重な体験となる。
つづく
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