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大学時代の思い出(1)

 初めての一人暮らしを始めたのは、一浪して大学に通い始めた19の春だった。それまで、一度も訪れたことがなかった山形。まったく未知の世界でのスタートだった。

 高校2年の時の担任が変わった先生で進路相談のときに、希望は国立大学だというと、「おれは、山が趣味だ。おれが山に行くときにベースキャンプにできる大学を選べ」と言われた。実家が山に関する仕事をしていることを知っていたから言ったのであろうが、真剣に自分の進路を考えてくれているとはとうてい思えなかった。

 しかし、自分の実力を考えるとそう高望みできるはずもなく、やはり駅弁大学(各地方都市にある大学)を目指すしかなかった。
 結果、入ったのが山形にある大学。そして、パンフレットに入っていた学生寮に入寮することにした。なにせ、2食めしがついて月2万円という料金。パンフレットを見るなり、親が勝手に申し込んでしまい、選択の余地は全くなかった。

 必要最低限の生活道具を持って寮に入居。初めての部屋は、3階の隅っこにある二人部屋だった。同居者は、理学部の2年生だと言われたが、入居した日、その人と会うことはなかった。

 学生寮は、山形盆地を覆う山の麓にあり、窓からは、目の前に広がる山の景色が見えるだけだった。その日の夕方、夕飯を食べに食堂に行くと、だだっ広い食堂に人がぽつりぽつりといるだけで、活気がまったくない。ほかの人たちはどうしているのだろうと思いながら、テーブルにつく。

 メニューは深海魚と思われる冷めた焼き魚とお新香、そして、菊の花のおひたしが大皿に山のように盛ってあった。ご飯は、どう見ても2年以上たった古米で、色は黄色く、ぼそぼそ。これは人間が食うものなのかと思えるほどまずかった。「ここは、ほんとうに米所山形?これじゃあ、みんな食べないわけだ」と納得してしまった。なんとか、無理矢理お腹に詰め込み、部屋に戻る。

 必要最低限の生活道具しかないので、テレビもラジオもない。本をしばらく読んだ後に、寝ることにする。明かりを消して、ベッドに横たわる。先ほどのめしのひどさを思いだし、これからどうしようと考える。一人暮らしの不安も持ち上がってきて、すぐには眠れそうもない。そう思ったとき、ベッドの下で何かが動く音がした。

 同居するはずの先輩は帰ってきていない。はて、なにがいるのだろう?恐る恐るベッドの下をのぞいてみる。

 暗い闇の中、二つの目が光っていた。「わっ!」 思わず声が出た。慌てて、部屋の電気をつける。もう一度、ベッドの下をのぞくと黒い犬がお前は何者だというような目でこちらを見返していた。

 こうしてクロと呼ばれている黒い犬と入居当日に知り合うことになる。あとでわかることだが、クロは、この寮に居着いている犬で、先輩方が代々面倒を見てきたらしい。そして、同居人の先輩が今クロの面倒を見ている。というか、この部屋にクロが勝手に居着いているといった方が正解なのかもしれない。

 こうして、クロとの生活が始まった。

つづく

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