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大学時代の思い出(5)

 夏休みが終わり、山形に帰って待っていたのは部屋替えだった。3階の角部屋から2階の真ん中の部屋への引っ越し。引っ越しといっても荷物が少なかったので、引っ越し自体は、小一時間もかからずに終了した。今度の部屋の相棒は、同じ工学部の同級生だった。仙台出身の彼は、おとなしい性格ですぐに友達になることができた。

 引っ越しが済むと、すぐにクロが部屋に遊びに来た。クロ自体は前の部屋が居場所だが、移った部屋にもしょっちゅう遊びに来て、夕方になると自分の部屋に戻っていった。

 朝方、布団に潜り込んで寝ていると、何かが布団の上を歩き、布団の中に入ってくる。僕のおなか当たりに身体を密着し、ゴロゴロと音を出している。寝ぼけながら、布団の中を覗きこむとトラ猫と目が合い、ニャーと鳴いて目を閉じた。あたかも「ここはわたしの場所よ」と主張しているようだ。

 そう、このトラ猫は、この部屋に住み着いてる猫で、夜遊びを終えた朝方、必ず新たに移ったベッドに帰ってくるのだ。そして、人の布団に入り込んできて、早く学校へ行けと催促し、布団から僕を追い出す。

 クロの時もそうだったが、この寮には住み着いている動物が何匹かいたのだが、たまたま移った部屋に猫が住んでいる確率は相当低いと思う。なんという巡り合わせなのだろう。

 こうして、昼間はクロが遊びに来て、犬がいて、朝方からおそらく昼過ぎまではトラ猫がベッドで寝ている奇妙な生活がはじまった。猫は、僕が学校から帰ったころには、どこかに遊びに出て行くので、会うのは朝方だけだった。

 暮らし初めて、二ヶ月がたった10月、秋を迎えて寒くなったきた頃に事件が起きた。そのとき初めて、トラ猫がメスであることを知った。

 その日、学校から帰ってきた僕は、押し入れの中にしまい込んでいた布団の中で見慣れないものを発見する。子猫が四五匹布団の中で鳴いていたのだ。

 寮の中で一番安全だと思ったのだろう。子猫たちを僕の押し入れに隠していたのだ。自分は、食事にでも出かけたのだろう親のトラ猫はいなかった。

 最初は、かわいいと思ったのだが、その布団の中の臭いをかいだ瞬間、これはとんでもないことになったと考えを改めた。ミルクと糞尿の臭いが押し入れの中に充満していたのだ。もちろん、布団は一組にしか持っていない。

 すぐに布団を外に出して干してみたが、まったく臭いが消えない。何日か干してみたが結局臭いは取れなかったため、布団は捨てざるを得なかった。

 押し入れの中は、入念に掃除したので、何とか臭いはとれた。子猫たちは布団を失った時点で、母猫がどこかに連れていったみたいだった。

 この日から半年、寮をでるまで、持っていた山用の寝袋で寝る生活が続いた。

 子猫たちは、残念ながら生き残ることが出来なかった。最後の一匹を母猫が咥えているのを見たのが最後だった。

 おそらく、寮生の誰かが子猫たちをいじめたのだろう。母猫のトラ猫も寮に近づくことが一時期減って、部屋に帰ってくることも少なくなった。

 が、冬になり雪が降り始めた朝方、何事もなかったように、トラ猫はまた寝袋の中に入ってきた。寝袋の中の猫の暖かさは、すごく気持ちよいので、ついついそのまま一緒に横になっていると、早く出てけと猫が足で催促してきた。

 仕方なく、突き刺す寒さの中、寝袋をでて、顔を洗いに洗面所へ向かった。

つづく

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