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里山の日常(仮タイトル) 八

若葉なつ20歳 その四

 小田和正こと、かずくんが、昨日アパートに引っ越してきた。今まで、アパートに一人だけだったので、ちょっと不安に感じることもあったけど、これで少し安心できる。まあ、いつもアパートの隣に住む田中さんのおばさんがいつも声をかけてくれるので、そんなに寂しいとは思っていなかったけど。

(そうだ、田中さんにかずくんを紹介しておかないと)

 なつはそう思って布団に入った。
 今日は、和くんの引っ越しの手伝いで一日大あらわだった。なぜか、かずくんが入る部屋の掃除をオーナーに頼まれ、掃き掃除をしたあと、隅々まで雑巾でふいて回った。

 アパートは私一人なので、部屋はいくらでも空いている。でも、結局かずくんは、私の隣の部屋、一階の102号室に住むことに決めた。

「一人暮らしは初めてなので、なにかと教えてもらわなければならないと思いますので、よろしくお願い致します。」

 かずくんは、私よりも年上なのに、ですます調でそういって頭を下げた。そのうち、慣れてふつうに話せるようになるんじゃないかと思っている。

 かずくんの荷物は、あっさりしたもので、小さな軽トラックで収まる程度だった。荷物は運送会社の人たちが運んでくれたので、手伝う必要はなかった。かずくんが部屋の片付けを終わるのを待って、事務所にあいさつへ向かった。

 かずくんがオーナーに挨拶をしたあと、販売所のシステムについてわたしが一通り説明をした。最後に、歓迎会と称した飲み会をオーナーを交えて行い、それが今日の夕飯となった。

 その席で、オーナーがわたしにも何かやりたいものを見つけろと言い出した。
「何も、小田くんだけに、やりたいことを見つけろといっているんじゃないんだ。なっちゃんにも見つけてほしい」
「これからここを支えていってくれるのは、若い人たち、つまり君たちなんだから」

(ここを支える……)

 そんなことが、私にできるだろうか?高校を卒業してここへ来て、今の仕事を覚えるのに一生懸命だった。だから、その先のことなんて今まで考えもしなかった。

 高校時代、水泳部だったなつは、運動こそ得意だが、勉強はそれほど好きではなかった。マンガは一通り読むけど、本はあまり読んだことがない。友達とのやりとりに使うような簡単なイラストなら書けるが、それほどうまいとは思っていない。パソコンは授業で習った範囲なら使えるが、授業以外の用途で使ったことがない。

 自分の特徴はと聞かれれば、一生懸命に打ち込むことと、いつも答える。でも、一生懸命打ち込むことを見つけるのが苦手だ。オーナーはその苦手なことを真剣に考えろといっている。

 普段なら、すぐ寝付けそうなぐらい疲れているけど、今日言われたことが頭の中でぐるぐる回って寝付けそうにない。

(ふうっ。)

 ため息をついてもう一度目をつぶる。
 以前、お父さんがいっていたことが頭の中で浮かぶ。

「なつは、どんなことにも一生懸命で、1つのことにのめり込める。お父さんはそんななつが大好きだ。なつはのめり込めるものを探すのが苦手だというが、あらためてやりたいことを探す必要はないと思うよ」

 何処へ就職しようかと悩んでいたとき、お父さんが話してくれたことだ。

「いま、一生懸命やっていることの中に、やらなければならないこと、やってみたいことが隠れていることが多いんだ」
「こういうことができればもう少し突っ込んでいける。もっと面白くなる。そう思うことが自分がやりたいことに繋がっているんじゃないかな」

(今、足りないことかあ。)
(もう少し、商品の特徴をわかりやすく説明できたらなあ……)

 なつは、単純にそう思った。きっと、そこにやりたいことがあるはずだ。
 そこで、なつに睡魔が襲ってきた。

つづく

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