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里山での日常(仮タイトル)十一

小田和正22歳 その六

 次の日、田中さん宅に伺って、ノートを見せてもらった。日付とその日の天候が記載されてあり、後は日記風にあったことが書かれてある。写真もあるにはあったが、もう色あせている物が多く、役に立ちそうもなかった。

 冊数は、全部で20冊程度あり、こまめに付けていたことが伺われる。ただ、日記の記述が日付順であり、作物毎にまとまっていないので、何処に何が書いてあるのか、見つけ出すのは難しかった。田中さんにその辺を質問してみると「記憶を辿るしか方法がない」との答えだった。

 田中さんにいって、このノートを全て貸してもらうことにした。ノートの目次と作物毎のまとめを作ってみるつもりだ。索引さえ作れば、どこに何が書いてあるのかがわかる。それだけでもだいぶ楽になるはずだ。

 部屋に帰り、ノートをパラパラとめくっていると、大学時代に調べ物をしたときのことを思い出した。時間が嫌というほどあったから、根気よく調べ物をしていた。こういう単純作業が好きなのだ。まずノートに冊子ナンバーとページナンバーをつける。そして、作物毎に付箋の色を変えて、書かれたページに貼っていく。同じページに何枚もの付箋があるページもあれば、ひとつしかないページもあった。この作業を全てした後で、パソコンを使用して、目次と索引を作っていく。

 そんな作業をしていると、あることに気づいた。目次と索引以外に作物毎に要約した文に日付をつけて記載し、パソコンに打ち込み、リンクさせれば、パソコンで全て確認できるものができるんじゃないか。

 そう思って、一冊だけその作業をやってみると案外うまくいく。何かに夢中になるのは久しぶりだと思いながら、作業を進めた。

 そういえば、こちらに移って来てからテレビをほとんど見なくなった。もともとお笑い番組やタレントが大勢でできて騒ぐ番組はあまり好きではない。お金のかかったドキュメント番組やドラマが少なくなって、この手の番組が増えるにつれて、テレビに感心がなくなっていったのは事実だ。今では、本を読んだり、インターネットで知らないことを調べている時間の方が多くなっている。

 ある本で読んだのだが、多くの人は人生の大半をテレビを見て過ごしているらしい。それなのに、テレビは人生に大切な情報を伝えてくれない。それに気づき始めた人たちが、インターネットのソーシャルネットワークサービスなどに流れはじめている。そして、どう考えてもこのままでは、地球環境や人々の暮らしが悪化してしまうことに気づき、自分たちに何が出来るかを、世界中の人たちと実りある議論を始めている。そんなことが書かれていた。

 また、こんな事も書かれていた。多くの企業は、社会貢献を会社方針に掲げているのにもかかわらず、短期的な利益を集めることに躍起になっていて、いつの間にかお金を稼ぐことが本当の目的だと勘違いし、社会貢献自体を忘れてしまう。そこで働く人たちは、短期的目標に日々追われ、疲弊した生活を送っている。そこには達成感はない。こんな仕事をしたかったんじゃないと考えてしまう。

 オーナーが話していた競争する社会でなく共存していく社会をつくるっていうのは、この地域を暮らしやすい町に変えていくってことだ。そして、そこで自分が何ができるのかというと、オーナーが目指している長期的なビジョンを実現するための課題を見つけ、それをひとつひとつクリアーしていき、オーナーの考えているビジョンに近づけていくことなんじゃないだろうか。

 だとすると、パソコンやインターネットを利用して田中さんたち農家の方々に、今までとは違った環境に負荷がかからない農作物の作り方を見つけてもらうための手助けが自分にできないだろうか?

 ある程度ノートをまとめたところで、読み返してみる。何かが足りないような気がした。作物毎に時系列で内容を並べてみると、あった方が良いデータが抜けているのだ。例えば気温。天候は記載されているのに気温が何度だったかがわからない。稲の場合、水温も書かれていなかった。作物の生育に必要なデータが足りていないのだ。

 田中さんは、おそらくその部分を経験で補っているのだろう。しかし、この辺でも高齢化が進んでいるからいつまでも田中さん夫婦だけでやっていくはのは難しいかもしれない。そうなったときに、経験は無いが、若い力が必要になるはず。そのとき、パソコンやインターネットで何が補えるか?

 とりあえず、作業はここまでにして、一度田中さんと話す必要があると和正は思った。足りないデータのこと、これからのことなど、聞きたいことがたくさんあった。

つづく

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