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走れカッパ 其の一

 カッパは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の役員どもを除かなければならぬと決意した。カッパには政治がわからぬ。カッパは、王国の村の牧人である。ベースを弾き、拉麺を食べて暮して来た。けれども自分が被る邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。

 未明カッパは愛馬プロボックス号で村を出発し、野を越え山越え、二十里はなれた此のシン・オニの国にやって来た。此方での生活は、かねてからの予想に反してとても快適であった。異国の戦士たちが共通の言葉を話し、にこやかに助け合い、酒を酌み交わし、歌い踊っていた。過ごしているうちにカッパは、自分が出発した村の様子を怪しく思った。ひっそりしている。最近電話も来ない。自分は忘れられてしまったのだろうか。ジパングという国の昔話にタロウ・ウラシマという可哀想なおじさんの話があったっけ。のんきなカッパもだんだん不安になって来た。村の若い衆に電話して、最近何かあったのかと質問した。電波が弱くてよく聞こえなかった。しばらくして老爺マイクに電話して、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。マイクははぐらかして別の話を10分ほどした。カッパは適当に相槌を打ち、貴方もいずれ役員ですねえと煽てながら質問を重ねた。マイクはわりと通る金切り声で、得意げに答えた。
「役員どもは、人を殺します。私も早く役員になr」
「なぜ殺すのだ。」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。私も悪心はもとm」
「たくさんの人を殺したのか。」
「はい、直接的にではなく、証拠が残らぬように間接的にですが。段階的に追いやったり組織を離散させて、去るように仕向けるのです。何人去ったか分かりません。ところで私が役員になった暁にh」
「えぐ。役員は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。もともとばかなのです。全員がアラセヴン、もう老後の心配ばかりで新たなビジネスを始めたいという者など居ないのです。ましてや海外との交流などもっての外。気に入らぬ新興勢力の屋台骨を崩そうと躍起になっているばかりか、このごろはコンサルとかいう知恵者を侍らせ、自分の椅子が変わらないのをいいことに毎年大規模な組織の組み替えごっこを行うなどやりたい放題です。私も早く役員になt」
 分かってはいたけど、改めて聞いて、カッパは激怒した。「知ってたけど、呆れた役員どもだ。生かして置けぬ。または、メンタル壊れないうちに早めに去るかだな。国とか組織とか、体質はそう簡単に変わらないし、変えるのはおれのキャラじゃねーし」

 カッパは、単純な男であった。まだ喋っているマイクの通話を終了し、転職サイトへの登録を開始した。たちまち彼は、巡邏のヘッドハンターに捕捉され、大量のダイレクトメールが届くようになった。(つづくかな)