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モンスターJ

先日、開発の予算を取ったので、早速関係者を集めて報告をした。
めでたい話なので本部長クラスも何人か同席してもらった。
これで人も増やせるし物も買えるし、定期的に社長報告はしなくてはならないが(おれが)、停滞しているプロジェクトを進めるためのトリガーになるのではないか。
絶対成功させてやる。
しかし、現実はそう甘くなかった。

これまでプロジェクトを取り仕切ってきたのは、中堅の技術者J。
腕が立つ技術者で、やたら理論派で、自分が正しいと思う事にはとことん筋を通そうとする正義感。
そのJに予算が通ったことを告げる。
「でカッパさん、技術者は何人くらい回してくれるんですか?中堅どころの動ける即戦力が5人くらい欲しいんですけど」
技術者はおれのテリトリーではなく、本部の組織から選抜してもらわなくてはならない。そこ、上手に話さないと台無しなる。
物事には話す順序があるのだ。
「まだ分からないよ。もっと若手も含めてだと思うけど。これから育成期間も必要だから一時的な効率ダウンは避けられないn」
「それじゃあ困るんですよおおおお。現在抱えてる仕事がこれだけあって、すぐにでも出張に出せる戦力が必要なんですううう」
「そんなん、ベテランが来てもすぐには引き継げないだr」
「私が手順書を全部作ってあるので誰でも出来るはずなんですううう。それで出来なかったら余程出来が悪いか。または私の手順書が悪いのなら、言ってくれれば素直に謝りますけどねえええ」
「さっき中堅が欲しいって言ってただろうが、人の話遮ってんじゃn」
「それは理想ですううう、でも難しいのは私よく分かっていますううう。だから誰でも出来るように手順書を完璧に作ったんですうう。この手順書があるんだから誰にでも出来るはずなんですうう。今は私がぜーんぶ一人でこなしているくらいなんですからああ」

そろそろお気づきだろうか、この進次郎構文に。
今改めて書き出してみると、言ってる事めちゃくちゃ。
饒舌になると語尾が伸びる独特の語法に、過去のトラウマが再燃した若手も同席していて、会議室は異様な静けさになった。
なんだ、おれがめでたい話持ってきたのに葬式みたいじゃねえか。

彼の開発品がヒットしたのは弊社にとって財産ではあるのだが、誰にも近づけないレベルに昇華してしまったため、彼は孤高の人となっている。
素晴らしい作品を作るのと人間性とは全く別のファクター。
良い人間もいれば、ちょっと素っ頓狂なタイプもいる。
彼の場合、一見正しいのだが、正論ぶった強気な発言ばかりするので部下も寄り付かず、人の会話は遮るわ、昔のブラック苦労自慢を始めるわ。そうなると、上司のブラック自慢を前に若手も仕事を分散出来ずに潰れていく、まさにこの生き証人がライブで目の前で繰り広げてくれたのでアツかった。
おい、本部長も見てるぜその言動。大丈夫か。

知らぬは本人ばかり、今日のところは彼の暴走を本部長含めた全員で必死に止め、「今日のところは時間も無いし、一回整理しような、な!」と言いくるめ、騒然とした会議はそそくさと終わらせた。
用意していたアジェンダも台無し。
後で関係上長へ謝りに回ったのだが、皆Jのことは認識しており、「あいつめんどくせえからさあ、カッパ、うまく扱ってくれよ」と笑いさざめていた。
カイシャ的には金になれば人間性などどうでも良いのだからね。

ちなみにJとおれは昨年、海外で3週間行動を共にしたことがある。
決して悪い奴じゃないんだがなあ。
ちょっと他人より糞真面目で粘着質で正義感で自己中なだけなのだ。
目的は同じはず、何とかうまいこと協力してやって行きたい。
別に友達でもないし、彼の根本的な性格を治そうとか、社会の世直しまでしようとは思わないが、あまりにシゴトを遂行する邪魔になったり、人員に影響が出ることがあるのなら、その局面では判断を入れないといけないだろうと思っている。
おれだって、たぶん他人が相容れないような性格があるから今ここでこうしているのかもしれないし。
知らぬは本人ばかりなり。

脳が欲していました