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踊り食い

一匹のクラゲが、僕を見下ろしている。
息ができない、沈んでいくだけ。
体が冷たい、もう終わりかけ。
どうしてこんなことになってしまったのか、今となってはどうでもいい。
もはや泳ぐ気力も、体力も無い。
抗うのも面倒だから、いっそ身を委ねてみようと思う。
水に溶けて、無くなるように、体を意識から切り離そう。
深く、深く、眠ってしまおう。

そう諦めた時だった。
突然、酸素が脳に巡った。
肺に溜まった水を吐き出して、できた、ようやく呼吸ができた。
でも、ここはまだ海の中だ。
むしろ、さっきより沈んでいる。
何が僕を生かしてくれた。
わからないけど、これはチャンスだ。
今の内に、外へ顔を出そう。

おかしい、さっきと違って、泳いでいるはずなのに沈んでいく。
どれだけ強く、水を掻いても。
踠けど足掻けど、進まない。
ひたすら底へ、底へと沈んでしまう。
これはまるで生き地獄だな。
あのまま眠ってしまった方が楽だったのに。
なんて世界は残酷なんだ。
こんなチャンスない方が良かった。
駄目だ、疲れた、もう海底だ。

いっそのこと沈んでしまおう。
このまま沈んで、ラストチャンスだ、海底を蹴ろう。
力一杯に海底を蹴った反動で、一気に海上を目指す。
水中で息ができている奇跡に意味があるとすれば、僕が助かる事だけだ。
地面の感触が恋しい、沈め、沈め。

やっとの思いで着地する刹那、全身に痛みが走り、足元はダラリと膝から崩れ落ちた。
念願の地面を蹴り損ねてしまった。
賭けに負けた。
最後の最後で力尽きた。
どうしてこう、正念場に弱いかな。
あと少しで取り戻せた命なのに。
何のための奇跡だったのか、せめてそれだけは決着をつける。

そうして辺りを見渡すと、すぐに男は理解した。
自分と同じように膝から崩れ落ちるような格好の人骨が、周囲に散見された。
まだ新しいものもある。
その頭部には、まるで宇宙服のように、異常な大きさのクラゲが覆い被さっていた。

「…狩場…か?わざと生かして、楽しんでいるみたいだ…」

次の瞬間、隣のクラゲがドリルのように回転し、豪快に頭部をもぎ取るのを目撃した。
血潮で一帯が赤く濁る。

「はぁ、この気持ちはなんて名前だろう。概念ごと無いんだろうけど、マナー違反だね。いくら何でも。」

あらゆる感情を通り越して、男は自分の順番を待った。

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