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ジャレコの思い出:どんな会社?

●社長

この会社を語る上で社長の話はしておかなくてはなりません。強面のいわゆるヤ○ザ系な外見の社長で、社員からの評判は非常に悪かったです(笑)

新入社員の頃、順番で日報を社長室に届けるという業務を仰せつかるわけですが、社長室の入り口がシェルターや地下金庫のようなゴッツイ扉だった事が今でも忘れられません。丸い金属の重厚な扉に船の操舵輪みたいなハンドルが付いているアレです。思わず先輩にあの扉を開けてよいものかと相談に戻ってしまった程です。そういえば社長の社用車は防弾仕様だという話もなんとなく聞いたことがあります。

ちなみに扉の中は普通で、秘書さんがいる受付カウンターがあってその奥に普通の扉がありました。おそらくその奥が社長室なのでしょう。日報自体は受付の人に渡してそれで終わりだったので、ラスボス的な何かとの御対面はありませんでした。

たまに社長が社内を巡回するんですが、これがもう魔王光臨並に恐れられていました。居眠りをしている新入社員を見つけようものならファイルを投げつけ、視界に入ったものが気に入らなければドスの聞いた声で叱責が飛ぶ。このせいか、社長の巡回を察知すると開発関連の部署はモニターを消すようにと上司から指示が飛んだりしました。

たまに思いつきで仕様を提案してくるのも開発的には脅威だったようです。ベルトスクロールの格闘アクションの開発画面をみて、「これ、手からビームとか出ねぇのか?」というステキ指示が出たりしたそうです。しかもこういう事は結構覚えていて、次の巡回で「あれ、どうなった?」となるワケです。まぁ、こういう社長、結構いるとは思いますが・・・。

ある日先輩が地下工房の試作筐体を指差して「これ、なんだと思う? 社長の足跡(笑)」と説明してくれました。なんでも、試作機を見に来た社長が非常に不満だったらしく、筐体にケリを入れて帰っていったとの事。さすがに社員もこの言動には思うところがあったらしく、だれも足跡を消さずに保存されていたらしいです。

そして何年か後に会社は外資に売却されてしまうわけですが、今考えてみると社長は経営者としては優秀だったのかもしれません。ちなみに会社自体は株の大半を親族や持ち株会社が保有する、いわゆる一族経営だったようです。


●使わずのトイレ

ある日先輩が新人達にこんな事を言いました。「よくあのトイレ使う気になるな」と。新人ですので当然のごとく何を意味するのかさっぱり分かりません。訳を聞いてみると、そのトイレの個室は自殺の現場だったとの事。なんでも営業の人がそこで自殺したらしく、理由は全く売れない商品を売らなければならないプレッシャーが原因では? と当事は噂されていました。

今でこそゲーム会社はそれなりに世の中に認知された存在ですが、当事はまだ黎明期と言っていい時代で、どの会社にも自殺に関する噂は必ずといっていいほどありました。ジャレコではないですが、実際に身近で起こりそうになった事もあります。若い業界にありがちな暗部や歪みがまだ社会問題になる前の、そういう時代だったのだと思います。


●給料保存の法則

入社から2年目のを迎えて初の給料日、明細を見てみると昇給していました。ニヤ付きながら詳細を見ていくと、なぜか総支給額が変わっていません。不思議に思ってよくよく見てみると、「調整」という謎の項目が昇給の分だけ減っています。

先輩に聞いてみると、「ああ、それね」という感じで基本的に総支給額は上がらないことを教えてくれました。細かい仕組みは分かりませんが、「調整」の項目が0にならない限り総支給額は上がらないようです。しかもこのペースだと相当先まで上がる見込みはありません。当事同期の間ではこれを「給料保存の法則」と呼んでいました。

当事の風潮かもしれませんが、基本的にボーナスと残業でしか給料が増えない感じでした。ちなみに残業分に関しては入社1年後くらいに「○時間までしか支払われない」という制約まで追加されたりして会社の景気が減速していくのを新人ながらに感じていたものです。


●その他の会社制度

その他に覚えているのは、退職金が出る条件が勤続満3年以降だという事です。これだけ見ると普通ですが、ジャレコの平均勤続年数は2.7年だと先輩が教えてくれました。まぁ、今考えてみれば会社自体も若かったですし、ゲーム業界は人材の流動が激しかったのもあると思います。

あと印象に残っているのは、入社時に「社員株主会」とやらに入会させられているらしいとの説明が。その時はさっぱり分からなかったのですが、実は給料から一定額天引きして積み立てに回されて、強制的に社員で会社の株を共同購入する制度だったようです。株と言っても任意に売却する事はできず、売れるのは基本的に退職の清算の時のみ。これ、法的にはどうなんでしょうか?

ちなみに私のときは入社時よりもちょっとだけ株価が上がっていたので損せずにすみました(笑)


●人事課長と街宣車

当事の人事課長は私の知る限り非常に評判の悪い人でした。なんでもこの課長をエレベーターの中で殴ってから辞めた新人もいたとか。まぁ、人事って基本的に恨まれるのが仕事なような気もしますが。

ジャレコは人事面でも結構トラブルを抱えていて、不当解雇の訴訟などを起こされていた様です。詳細は分かりませんが、朝出社したら机が無かった的な話を聞いたことがあります。

朝の出勤時にビラを配ってる人がいて、受け取ってみるとその不当解雇を糾弾するビラでした。そして社屋に入るとタイムカード押す所に人事の人がいてビラを回収してました。そのうち受け取る側も工夫しだして、2部貰って1部だけ人事に渡してバックナンバーを揃えたりしていました。退職のときに処分してしまいましたが、今思えば保存しておくべきでした(笑)

たしかビラのタイトルは「スーチーボン」だったと思います。由来についてはなんとなく想像はできるものの、確かなところは全く分かりせん。

その他にも顔見知りの係長が廊下を歩いているので挨拶したら、課長に「部外者入れちゃダメだよ!」と怒られました。なんでも退社済みかつ係争中だったようです。ちなみに私が挨拶した時には既に社内に入っていた訳ですが。

その後もそういったトラブルが絶えなかったらしく、最終的には街宣車が会社の前に横付けされてなにか演説めいた事を始めた事もありました。さすがに新人の私でも「これは普通じゃないな」と思ったものです。

ちなみに退職後相当経ってから同じような問題でまたビラを配っていたらしく、同僚がわざわざ私のためにビラを貰ってきてくれた事がありました。やっぱり変わらないなぁ、とムダに感心したものです。

ちなみにその時のビラは発掘されたので小さい写真で載っけておきます(笑)


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