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潮騒

 昨年、高校の同級生のKさんから連絡があり、夕食を共にした。彼女にに会うのは40年ぶり。彼女は現在、関東地方在住だが、小学生の頃は私が今住んでいる広島市の井口地区にいたと言う。私が初詣に訪れる神社の境内は「庭」のようなものだったらしい。Kさんが、その神社の本坪鈴(お賽銭箱の上の鈴)の話を始めたとき、私は、本坪鈴をまともに見たことすらなかったことに気づかされた。鈴緒の感触しかない。学年女子で1番高身長だった彼女は、私よりも20cm以上背が高い。同じ立ち位置であっても、見えている景色は違っているのかもしれない。
 6月が近づくと、思い出すことがある。20代の頃、毎週金曜日の夜、若い人を対象に詩の勉強会が開かれることになった。講師は、詩人で高校国語教師であったZで、5、6人が喫茶店でコーヒーを飲みながら詩を語った。やがて、Zと私は、どちらからともなく意識し合うようになった。夏休みが始まってまもなく、Zの勤務する高校の図書室に呼ばれた。硬い木のベンチの端と端に座って、私たちは無言で手をつないだ。蝉の声が土砂降りのように降りしきり、本の匂いが夏の部屋に充満した。しばらくしてZが口を開いた。「何年かぶりに九州の実家に帰ってみます。あなたと離れた土地で、あなたのことを真剣に考えます。待っていて下さい」と言われた。
 1985年8月12日、Zは飛行機で広島を発ったが、同じ日、日航ジャンボ機の墜落事故が起きた。ニュースで悲惨な状況を知るたびに、私はただ、Zが乗った飛行機でなくてよかったと思った。亡くなられた方に対して、何の感情も湧かなかった。私の恋人が生きてさえいれば、それだけでよかった。

海は砂漠のように凪いで  
手をつないでどこまでも歩いてゆけそうだった
かなたをゆびさすと改行するように水平線を越えて
そのひとは群青の空になった
        (「潮騒」詩集『水栽培の猫』より)

 Zと2人で、水平線を眺めているつもりだったけれど、違っていた。私は海を見ていて、Zは空を見ていたのだ。Zは私よりも34cm背が高かった。私たちの恋は6月に始まり、1年後の6月に了った。

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