見出し画像

変な音

 昨冬より、夏目漱石の作品を読む会に入れていただいた。私は、新参者で若輩者だ。気楽な聞き役に徹していたのだが、4月の読書会の課題作品の中の1作品について、次の会報に向けて、何かを書く順番が回ってきたらしくて慌てている。課題7篇から,私は、『変な音』を選ぶことにした。
 転地療養先で大吐血を起こして生死をさまよった漱石は、主治医の長与胃腸病院に再入院。病院の壁一つ隔てた隣室から変な音が聞こえて、それが気になって仕方がない。その後、音の正体はわかるのだが、今は亡き隣室の人も、漱石の部屋から聞こえてくる音が気になって仕方がなかったことを知る。
 音は、目に見えない状態で聴く時、主観的な想像を掻き立てる。私はいわゆる地獄耳だ。先日も、買い物から帰って家に入った途端、海鳴りのような音を耳にした。夫は2階にいて、息子は1階にいた。息子に変な音がすると言っても、相手にしてくれなかったけれど、言い張ったら、家中点検してくれた。案の定、2階のトイレの水が流れっぱなしになっていた。遠く離れた部屋で、携帯がマナーモードでバイブしていても、家族の中で、私だけがはっきり聞き取ることができる。
 『星の王子さま』の Les choses importantes ne peuvent pas être vues à l'œil nu(大切なものは目に見えない)という狐のセリフが好きだ。目に見えない時、流れっぱなしのトイレの水の音が海鳴りに聴こえておろおろする性分だから、私は、詩が書けるのかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?