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こいこい

 一昨日の夜、飼い猫に小指を噛まれた。大した事ではないと思い、消毒してそのまま寝たのだが、朝目を覚ましたら、手全体がパンパンに腫れていて驚いた。朝と夕、病院で点滴をして、薬も飲んでいるが、良くならない。1番痛いのは小指で、いっそのことちょんぎってしまいたくなる。
 そういえば、指切りは、遊女の心中立から始まったとか。愛の証として、吉原の遊女が小指を切って、男に贈ったらしい。それが変化して、約束をするときに小指と小指を絡ませて「指切りげんまん‥」とするようになった。もしくは反社会的集団の人たちが反省や謝罪のしるしとして、指をつめるようになったのだろう。
 父が開業していた外科病院のすぐそばに、暴力団の組長の家があった。私が子供の頃は、まさしく映画「仁義なき戦い」の時代で、乱闘事件で怪我をした暴力団員がいつも入院していた。夏だったのか、その人たちは病室の中で上半身裸になっていて、背中や肩に、鮮やかな刺青をしていた。そして必ず腹巻きをしていた。私は、幼稚園にも行かず、その人たちと遊んでいた。座布団の上に花札を並べて、こいこいを教えてくれた。「命の恩人の院長先生の大事なお嬢さん」と言われた。こいこいのルールはほとんど忘れてしまったけれど、役の中では「いのしかちょう」がお気に入りだった。蝶と牡丹の花の取り合わせが美しかった。病室のドアをノックして、「花しようや」と声をかけると「お嬢さん、ようこそ」と言って、刺青の人たちはベッドの上に座布団を出して、花札を繰り始めるのだった。影絵のように記憶はおぼつかないけれど、幼い私にとって、暴力団は、サーカス団や音楽団と変わらない存在だった。


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