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水栽培の猫誕生秘話4

 詩集『水栽培の猫』では、前後の詩のイメージをしりとりしながら、詩物語として成立させたかったと申しましたが、詩の配列について具体的にお話します。収録作品27篇の目次を以下に挙げ、具体的にイメージをたどってゆきます。

① 水栽培の猫
② 金魚
③ 潮騒
④ ごっこ
⑤ 花影婆娑
⑥ 押入れ
⑦ レプリカ
⑧ 犬
⑨ まわりひまわり
⑩ ついたて
⑪ いちはやきみやび
⑫ のゝ字
⑬ りぼん
⑭ こゆび
⑮ 匣
⑯ しっぽ
⑰ 花攫い
⑱ うそつきさん
⑲ 紅羊羹
⑳ やさしいさかな
㉑ヒヤシンス
㉒系譜
㉓空耳頭巾
㉔みのむし
㉕ざぼん
㉖口笛
㉗すず
                *
 
 巻頭の詩『水栽培の猫』では、糖尿病で水をたくさん飲むようになった猫を水栽培と表現し、②『金魚』では、腕に金魚のタトゥーをした古書店の奥さんのことを、腕で金魚を飼っていると書きました。二篇とも水の匂いのする不思議な動物の息づく詩です。③『潮騒』で水の匂いから海を導きました。詩の中の「かなたをゆびさすと改行するように水平線を越えて/そのひとは群青の空になった」の「空」と、詩に充溢する夏の匂いが④『ごっこ』の「夏休み」と「天の川」につながります。「ごっこならいいけど。ゆめならさめるけれど。」で結ばれる④の後、⑤『花影婆娑』は、「吐息にくすぐられて、ゆめからさめた。微熱の川がうなじを流れる。そのほとりの七分咲きの桜の木の下に、男らはたむろしていた」で始まります。季節は春。この詩では、思春期に至ろうとする少女の心の揺らぎを「微熱の川」に象徴させ、彼女が未成熟であることを「七分咲きの桜」と、このあと男らが歌い続ける「ろくねんせいになったら」という奇妙な歌に込めました。⑥『押入れ』⑦『レプリカ』も同じテーマです。⑤が桜の季節で会ったことに対して⑥は夏休み前、⑦は夏休み中という状況設定です。闌けてゆく夏に少しずつ成熟してゆく少女を重ねました。⑥『押入れ』では、「川を渡る」という行為をロストバージンのメタファ―としています。母親から橋を「一人で渡ってはいけない」と念を押されている「私」は「子守の笛子におぶさって」橋を渡るのですが、一学期の終業式の帰りに川へ行くと橋は消滅しています。そこに、性に興味を抱きつつ、いつまでも清純で在り続けたいという思春期特有の二律背反の思いを託しました。⑦の『レプリカ』では、少年と少女が二匹のさかなになって水中花の咲き乱れる真夜中のプールで縺れ合います。水中花の花びらを口に咥えて、二匹でかわるがわる散らす行為に性的な匂いを漂わせるものの、それは「恋人ごっこ」でしかない、つまり「恋のレプリカ」でしかないのです。橘詩のテーマの一つに、痛々しいほどの少女性への拘りがあります。「花影婆娑」「押入れ」「レプリカ」の三篇は、まさしくそのことを書いた詩です。いずれも清潔な水の匂いを伴わせながら。

*11月24日広島県詩人協会秋の詩祭の講演に備えて書いています。

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