見出し画像

『竜馬がゆく』忘れられないシーン集

私が子供のころから愛読している『竜馬がゆく』の忘れられない個人的名シーン集を作ってみました。ヒマなんかな。

「にが手でもやれ。近藤長次郎が軍艦にのってひといくさした、といえば、あとあとお前の名論卓説に千鈞の重味がつくぞ。口さきの才子ではない、と人は思う。人がそう思えば仕事もやりやすくなる。思わぬ大仕事ができるというものだ」

幕府による長州征伐のとき、竜馬は亀山社中を率いて海戦に臨んだ。そのとき、部下である近藤長次郎に話した言葉。

田舎の進学校から大学に入ったとき、血迷って体育会の空手道部に入りました。血迷って入ってしまったのですが、「体育会で4年間苦労しました」というと、意外にええ奴、と思ってくれる人が多いです。

あのままいけば、感じの悪い田舎秀才のまま社会に出てしまっていたと思います。苦労もしましたが、常にこの竜馬の言葉を胸に頑張りました。

「人を斬ったか」と、竜馬はきいた。「斬らなんだ、ひとりも」桂は答えた。この両人は、斬人斬馬ができる技量をもちながら、人間を殺したことがない点で一致している。

竜馬と桂小五郎の会話。薩長連合の直前、この物語のクライマックスに向かうシーンです。その後、「坂本、桂の両君こそ、百姓に代わって天下の大事を断ずべき人」という文章につながります。

これも学生時代、つらい練習を乗り越えるときに、常に心の中で唱えていました。

「男子はすべからく酒間で独り醒めている必要がある。しかし同時に、おおぜいと一緒に酔態を呈しているべきだ。でなければ、この世で大事業は成せぬ」

竜馬が、周囲とうまくいかない陸奥宗光を諭した言葉。

酒を飲まない子供のころは、飲み会ではこの「独り醒めつつ、一緒に酔態を呈する」作戦で行こうと思っていましたが、完全に酔態を呈することが多かったです。残念!

「なあに、またくるさ、堅固に」「堅固に」重太郎が、竜馬の肩をつかんだ。竜馬も、重太郎の厚い肩を、どすん、とたたき、叩いた勢いで踵をひるがえすと、あとも見ずに北へ去った。

竜馬が江戸剣術修行を終えて、師匠の息子で親友である千葉重太郎と別れるシーン。カッコいい!好きやわ~。

「武蔵の芸が、後継者を生まなかったことだ」・・・「伊藤一刀斎はまったく別の剣客である。一境地をひらくごとに一理を樹てた。剣に、理を重んじた。理があってこそ、万人が学ぶことができる。」

北辰一刀流の先輩である鹿田伝兵衛の剣術論。現代ビジネスの社会では、「再現性」という言葉で語られる事象です。

独りでは大きな仕事はできません。組織でやる必要があります。しかし組織でやるには、リーダー個人の名人芸(武蔵)ではダメで、そのスキルを習得して再現させるロジックの樹立が必要です。

「論などはやらぬ」竜馬は議論というものの効力をあまり信じていない。議論などで人を屈服させたところで、しょせんはその場かぎりということが多い。「利だ」「リ?」「利が、世の中を動かしている。」

諸藩連盟のアイディアを出した時の大村藩士渡辺昇との会話。「時勢は利によって動くものだ。議論によってはうごかぬ」とも言っています。また、議論の勝ち負けの副作用も、この書籍の中でよく説かれています。

ちゃんと稼いでちゃんと利益を出すこと。これができないと、世間は言うことを聞いてくれません。

「幕府を倒して政府ができてもみなは役人になるな。一方では海軍を興し、一方ではこの亀山社中を世界一の商社にする、そのつもりでやれ。もっとも倒幕活動や倒幕戦をやるうちに諸君のほとんどは傷ついたり死んだりするだろう。業なかばでたおれてもよい。そのときは目標の方角にむかい、その姿勢で斃れよ」といった。みな感奮した。

竜馬が薩長連合の交渉に行く直前、亀山社中の部下に話した言葉。「死ぬときは目標の方角に向かい、その姿勢で斃れよ」という言葉は、まさに幕末多くの志士たちが死んでいった気持ちを代弁しています。私も読むたびに感奮します。

「・・・藤堂平助、山南敬助も裸になれば十分、千葉の色に染まっているはずだ」「ふうん」お登勢は、男の社会の仕組のおもしろさに、感心してきいている。

竜馬と伏見寺田屋のお登勢との会話。同門の先輩後輩の影響力が相当に強い、ということを諭しています。

確かに、社会に出ると、「同門」の先輩後輩というのが意外に影響力を持っていることが分かります。空手道部なんてその最たるものですが。

「この情勢ではいずれ乱世がくる。江戸幕府討伐ということになるだろう。そのときの市街戦の用意だった」と、維新後に語った。この時期、勤王家も出、倒幕論者も出ていたが、純軍事的に江戸城攻撃を研究していたのは、この退助という若者だけだったろう。

板垣退助の言葉。一歩先を読んで、そこを研究しておくことが大事です。つい目先の議論に夢中になってしまいますが、一歩先を想定してそこを研究しておくと、そこでリーダーになれます。

そういうbet(賭け)ができるかどうかで人生は決まります。

手をにぎった。武市の掌は大きい。竜馬の手は、それよりも大きかった。たがいに握りあっているうちに、もはや、天下の計は半ば成ったのではないかという思いが、武市の胸にも、竜馬の胸にも、潮の満つるようにわきおこってきた。ーーー天下の英雄、君とわれと。そういう感慨である。

土佐勤王党を結成したときのシーン。この「天下の英雄、君とわれと」は、三国志に出てくる名シーン、曹操と劉備の『青梅、酒を煮て、英雄を論ず』から来ています。

カッコいい!すっかり自分も三国志の英雄になった気分です。

「われわれ土州人は血風惨雨。ーーー」とまで言って、竜馬は絶句した。死んだ同志たちのことを思って、涙が声を吹き消したのである。「のなかをくぐって東西に奔走し、身命をかえりみなかった。それは土佐藩のためであったか、ちがうぞ」・・・かれらが、薩長のような自藩意識で行動したのではないことは、天下が知っている。

薩長連合のとき、渋っている桂小五郎にむかって怒り狂う竜馬の言葉。まさに幕末史における一大転換がなされる瞬間を描いています。これをきっかけに回天が進みました。

多くの利害相反を潜り抜け、過去の恩讐を越えて、天下のために薩長連合を成し遂げました。この長い物語のピークになります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もっとたくさんあるので、いずれ第2集も作ります。

『ノルウェイの森』、『三国志』でもやってみます。

※なお冒頭の写真は、竜馬が長年定宿にしていた伏見寺田屋です。

『人の生涯は、ときに小説に似ている。主題がある。』(竜馬がゆく) 私の人生の主題は、自分の能力を世に問い、評価してもらって社会に貢献することです。 本noteは自分の考えをより多くの人に知ってもらうために書いています。 少しでも皆様のご参考になれば幸いです。