声劇用フリー台本「聖木の森」3

■3
◆幕間。
◆ルチア(独白)
その人は、私が初めて出会った魔法使いで。
その人は、私に奇跡を与えてくれて。
その人は、だけどどこか悲しい目をしたままで。
その人をいつか癒すことが出来たのならと。
私は、そんな願いを抱いてしまった。

◆夜。小屋の中。目を覚ますルチア。
◆ルチア
んぅ…眠れない。
なんだろ、これ…呼び声を聞いた日から、ずっと…眠りが浅いままだ。
マスターに、相談すべきかな。
迷惑じゃないかな。これ以上、迷惑かけるのやだなぁ…ん?
話し声…マスターの部屋?

◆シルヴェストロ
…お前の方は、その後どうだ?
聞いたぞ。不老不死の呪い、解ける目途が立ったというじゃないか。
…そうか。
あの弟子の置き土産…いや、忘れ形見か。
そうだな…こういう物言いは、私の性分ではないと思うのだが、な。
お前の呪いが、少し羨ましくなった。
いつ朽ちてもよかったはずが…どうして中々、弟子というのは…思い入れというものは…。
せめてあと2年、いや1年でいい。
1年だけ残っていたのなら…もう少しばかり教えてやれたと思ってしまう。
…ああ、もって半年といったところだろう。
その後は、頼む。
あの娘は翆碧街で、癒し手になろうとしている。
私は縁を切ってしまった。
そういう意味でも、お前の方が適任だろう。
…すまんな。導いてやってくれ。
…さて、どうだろうかな。あながち間違いではないかもしれんが。
私にとってあの子は…お前の言う、たったひとつの紅葉とやらなのだろう。
では…ああ、先に行くよ。
…ふぅー…隠れずともいい、ルチア。

◆ルチア
マス、ター…。
…その、あ、あのっ!

◆シルヴェストロ
そう、うろたえるな。
来なさい。
いい酒がある。

◆ルチア
私、お酒は…。

◆シルヴェストロ
味わって損はない。
これも以前教えた、魔法薬のひとつだ。
ローズマリー、レモングラス、ナツメ、エルダーフラワーのはちみつ酒に、触媒をつけ込む。
名を『静月(せいげつ)のしずく』という。
さて、これの効能と用いる触媒は?

◆ルチア
あ、っと…滞留した魔力を循環させるもの、です。
主に魔法使いが、魔力系の中毒症状を抑える時や、その予防に使います。
触媒は、月明かりで清めた若い聖木の根。

◆シルヴェストロ
よくできた。
褒美というわけではないが、飲んでみなさい。

◆ルチア
はい…ん、甘い…。
ん…あはは、お酒って、こんな飲みやすいんですね。

◆シルヴェストロ
そのために薄めてあるのだ。
…お前が並みの癒し手でいいのなら、これで充分な知識は揃った。

◆ルチア
マスター…?

◆シルヴェストロ
ふむ…なんと、言うべきかな。
ルチア、私は…私は、お前に重荷を負わせてしまった。

◆ルチア
…何のお話です?

◆シルヴェストロ
聞いていたのだろう?
先ほどの、私とあれの話は。

◆ルチア
あの人は…。

◆シルヴェストロ
湖畔の魔女。
または死なずの魔女、老いない魔女とも…。
古い友人でな。
あれなら、翆碧街にも顔がきく。

◆ルチア
私…! マスター、私…直すべきところがあるなら、直します…!

◆シルヴェストロ
ルチア…。

◆ルチア
マスターがそうしろというなら、もっと、もっと勉強も家事も、もっとずっと…!

◆シルヴェストロ
ルチア。

◆ルチア
でも…だけど、それでも…!
やっぱり私じゃ、破門ですか…?

◆シルヴェストロ
…いいや。
そうではないよ、ルチア。
…そういう話では、ないのだ。

◆ルチア
でも!

◆シルヴェストロ
お前は、よくやっている。
才能もある。
だがね…もう私が、お前の師でいられないのだ。

◆ルチア
マス、ター…?

◆シルヴェストロ
お前を迎えた頃…折を見て、私はお前を追い出すつもりだった。
それは才能がどう、という話ではないのだ。
…私が、聖木の守り手であるからなのだ。
守り手について、お前には教えたかな。

◆ルチア
…土地に根付く魔法使い。
魔力を循環させ、その土地に正しく四季を巡らす存在…。
そのために、守り手はその土地から魔力を使役できる。

◆シルヴェストロ
そう…土地柄にもよるが。
守り手とは、言わばこの酒の触媒だ。
そして触媒も長くあれば効力が弱まる。
代替わりが必要になる。
いやこの場合は…代償と呼ぶべきか。

◆ルチア
…?

◆シルヴェストロ
ルチア、聖木の守り手とはな。
他の土地と違い、なろうと望んでなるものではない。
聖木に選ばれて成り立つのだ。
守り手でいる間は、不老不死にもっとも近しいほどの力を得る。
だが、やがて次代の守り手が選ばれたのなら…先代は、精霊の列へと加わる。
そういう、ことわりなのだ。
…覚えているだろう。
お前は、もう精霊に招かれてしまった。
あれが選ばれるということだ。

◆ルチア
そんな…それじゃ私…!
私が…マスターの命を、奪って…?

◆シルヴェストロ
そうではない。
いずれ終わりは来る。
これは死とはまた異なるが…命もまた巡るものだ。

◆ルチア
…嫌ですよ。
私は、マスターだから教わりたかったんです。
マスターのようになりたくて…。

◆シルヴェストロ
…なったとも。
お前は、自慢の弟子だ。

◆ルチア
そんなんじゃ、ないですよ…!
自慢なんか…まだまだ、教わりたいこともたくさんあって…。
だから…置いて行かないで…。

◆シルヴェストロ
私は、どこにも行きはしないとも。
お前は、どこにだって行けるとも。
…ルチア、私に残された時間は、あと半年ほどだ。
湖畔の魔女が、お前にとって必要な知識を引き受けてくれた。
半年後…その時が来たら、彼女を訪ねなさい。
それまで、私はお前という弟子を教えよう。
そのあとは、お前という友人の未来を見守ろう。

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