見出し画像

「調子悪くてあたりまえ」近田春夫自伝感想文

「近田春夫、お前こそ真のロックンローラーだ」/内田裕也
 

 さっき子①に「近田さんはなあ、高校生の頃、画才を認められてお前が通ってる美術学校に通ってたんだぞ」と言ったが「誰それ?」とだけ返って来た。ごもっともです。今の若者は知らないに決まっている。むしろ「ああ、近田さんね、前はゴアトランスとかやってなかった?」と言われたら怖い。

 俺と近田春夫ってところから始めよう。近田春夫自伝には時系列にそって、とにかくいろいろやってきた男、近田春夫の芸能生活50年の歩みが詳細に記されている。それによると俺が近田春夫のオールナイトニッポン二部のかすかな電波を求めて、トイレで聞いていたのが77年か78年(※関西ではラジオ大阪はオールナイト…一部はネットしていたが二部は「走れ歌謡曲」にスイッチしてしまう)。大学生の頃には近田春夫を意識していたということか。まぁ、これには音楽に詳しい友人、Hくんの影響が大きい。『気分は歌謡曲』も彼から借りて読んだ記憶がある。それはバンドも消滅して冴えない気分の反動で橋本治にのめりこんでゆく大学末期の俺の行動とシンクロしているのだが、それはまた別の話。
 ハルヲフォンは彼の影響もあり、全部聴いていたと思う。のちに面白ソングを集めた編集盤のCDで「ファンキーダッコ№1」も聴いた。
 「すごくおもしろいことやってるんだけど、わかってもらえない男」、「自分で星をつかみそこねてしまう男」それが当時の近田さんのイメージ。確信犯なのか、そうでもないのか、どこか自分ではずしてくるイメージ。カワカツさんがビブラストーンのリリックを集めた『VIBRHYM』でいみじくも語っていたように自信満々本気でやったハルヲフォンはもひとつパッとせず、適当につなぎでかましたジューシー・フルーツやぼんちシートはヒットしてしまうというこの皮肉な現象。実際、ジューシー・フルーツは元々は近田春夫バンド、BEEFの本格デビューまでの契約上のつなぎでしかなかったという。
 高校時代のヴェンチャーズバンドに始まって、日本のロック黎明期の成毛滋(大金持ちのお坊ちゃん)や内田裕也、アラン・メリルとの邂逅、ディスコのハコバンから発展したハルヲフォン(歌謡ポップス)、谷啓とのスーパーマーケット(正調コミックバンド)、この間にタレント稼業も挟まる、ビブラトーンズ(野蛮でインテリなダンスバンド)、ゲートボール(アンビエント)、プレジデントBPM(近田流ヒップホップ)、ビブラストーン(大所帯人力グルーヴ)、CM音楽、ゴアトランス…そして今の復活ハルヲフォンと言える「活躍中」と、とにかく「誰よりも早くやって早くやめる」そこが近田春夫の肝だろう。そうした身代わりの速さが皮膚感覚だけでしかないというところが、かっけえ~。
 近田本でロックが所謂産業ロックに変化しておもしろくもなんともないものに堕してしまった。しかしロックンロールは違う。それはなんというかライフスタイルそのものだから、という一節があるのだが、つまり冒頭に掲げた裕也さんのハルヲフォンデビューに寄せた名コピーの意味はそういうことなのだ(まぁ、プロデューサー名義ながら何もしなかったそうだが、裕也さんはそれでいいわけです)。それがロックンロールだから。
 あと本の最後で「俺はあの日に帰りたいなんて思ったことは一度たりともない。過去をなつかしんでも意味がない。タイムマシンなんかないんだから。戻るより進む方が好き。いつだって今が一番面白い」(大意)という一説が近田さんらしくて最高。それがロックンロールだから。
 この本を読んでいると上京した81年の秋、エッグマンの企画ライヴ「近田春夫復活の日」で華麗にタキシードで登場したビブラトーンズに「なんちゅうかっこいいバンドじゃ」としびれたことやミスドの厨房のラジオで聴いた「VIBRA ROCK」にはものすごい衝撃を受けたことを思い出す(勿論ビブラストーンも好きだったが俺はビブラトーンズ派)。あと近田さんの書くおもろうてやがて悲しき…という赤坂、ギロッポンの夜の遊び人をテーマにした歌が好きですね。ビブラだったら「ほんとはジェントルマン」とか「金曜日の天使」とか。ああいったものは実際に遊んでた人じゃないと書けない。まぁ、そうしたものに全く縁がないので余計憧憬を感じるのだろう。この本で何度か語られてる「いつも舞台の袖でステージを見ていたい」という近田さんの感覚は、つまりなじみのバーで顔パスで酒が飲めたり、そういうVIP感覚というか、常にそうしたステージに身を置いていたいというね。
 寛解に至るまでの癌話とか、ビブラの名曲、「区役所」は「クラクション」の聞き違いとか、もう時効だから話せるけど…という芸能ゴシップとか、ぽろぽろっと凄い話が出てくるので、まぁ、どの時期にせよ近田春夫に少しでも興味のある人は読むといいと思う。ロックンロール!
  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?