ファンに夢を与え続けたキタサンブラックの顕彰馬選出

JRAは6月9日、2020年度の顕彰馬について、芝のG1で最多タイの7勝を挙げたキタサンブラックを選出したと発表しました。
記者投票について、記者1人あたり最大4頭まで投票でき、今年度は196票中4分の3以上となる147票以上の選出基準をクリアする158票(得票率80.6%)を獲得しました。
2018年度選出のロードカナロア以来34頭目の顕彰馬となります。

キタサンブラックは、父がディープインパクトの全兄であるブラックタイド、母の父がサクラバクシンオーという血統で、2012年3月10日に北海道日高町のヤナガワ牧場で生まれました。
馬主は、演歌界の大御所と称される北島三郎氏(名義は大野商事)。
栗東の清水久詞厩舎に所属し、2015年1月に東京で後藤浩輝騎手が騎乗して新馬勝ちを収めます。
2走目からは北村宏司騎手が騎乗し、3月のG2スプリングステークスで重賞初制覇を果たすも、浜中俊騎手に乗り替わったG1皐月賞で3着、北村騎手に鞍上が戻ったG1日本ダービーで14着に終わります。
9月のG2セントライト記念で重賞2勝目を挙げると、10月の菊花賞でG1初制覇を果たします。
続くG1有馬記念は横山典弘騎手の騎乗で3着となり、3歳のシーズンを終えます。

翌2016年の4歳時からは武豊騎手を主戦に迎えると、更なる快進撃を見せます。
4月のG2産経大阪杯2着を経由して迎えたG1天皇賞(春)で、カレンミロティックに競り勝ち2度目のG1制覇を果たし、G1宝塚記念では3着。
秋初戦のG2京都大賞典を優勝して迎えたG1ジャパンカップで、武豊騎手の絶妙なペース配分で逃げ切り3度目のG1制覇。
次のG1有馬記念ではサトノダイヤモンドに差し切られての2着に終わりましたが、2016年度のJRA賞年度代表馬に選出されました。

2017年の5歳の初戦となったのが、この年からG1に昇格した大阪杯。
わたしは当時現地で観戦しましたが、堂々1番人気に応える勝利で阪神競馬場が盛り上がったことを記憶しています。

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次のG1天皇賞(春)で、京都競馬場芝3200mのレコードとなる3:12.5のタイムで連覇を達成。
しかし、続くG1宝塚記念で9着に惨敗。
この時点で、2017年限りでの現役引退が発表されます。

10月のG1天皇賞(秋)では雨の降る道悪馬場でスタートで出遅れるピンチを招くも、最後の直線で差し切って6度目のG1制覇。
続くG1ジャパンカップでは3着に終わりましたが、引退レースとなったG1有馬記念で堂々逃げ切り、7度目のG1制覇を達成して有終の美を飾ります。
当日最終レース終了後の引退式では、北島三郎氏がキタサンブラックを讃えるオリジナルの曲を披露する大団円となりました。

ちなみに、有馬記念のレース後の口取り撮影で、武豊騎手が天を見上げて右手でガッツポーズをしていたのですが、それは父の武邦彦氏と、新馬戦で騎乗していた後藤浩輝騎手という亡き2人に捧げるものだったというのです。
(参照:『泣ける競馬』平松さとし著、KADOKAWA刊)

キタサンブラックの競走生活を通じ、北島三郎氏の所有馬に武豊騎手が騎乗するというこの上ない夢を提示し、血統の限界を超えてあくまで王道ローテを歩んだ臨戦過程も、ファンを惹き付けてきたのではないでしょうか。
清水久詞調教師は、後に管理馬のメールドグラースが昨年のオーストラリアG1コーフィールドカップを優勝するまでに更に躍進していきました。
2018年から種牡馬入りしたキタサンブラックは、来年2021年に初年度産駒がデビューを迎えます。
サクラバクシンオー譲りのスピードとブラックタイドからのスタミナを併せ持ち、マルチプルな活躍をしたキタサンブラックの仔が如何に活躍できるのか期待されます。


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