復帰まで1年以上かかろうと北村友一騎手の復帰の意志に泣ける

5月2日の阪神競馬2Rで落馬し、椎体骨折と右肩甲骨骨折の重傷を負っていた北村友一騎手ですが、復帰まで1年以上かかる見通しであることが報じられました。
北村友一騎手本人によると、背骨が8本も折れており、普通に歩けるようになるまでかなりの時間を要するとのこと。

このニュースを受けて、わたしは、


1年もかかるというのなら、潔く引退をした方が今後のためだ。
先が遠い中でリハビリをしても辛いだけだし。


とnetkeibaにコメントを書き込みました。
それだけでは済まず、数多のコメントの大多数は復帰を望むもので占められていたことに大変にショックを受けて、わたしはとうとう泣いてしまったのです。

幾ら神経の損傷がなかったとはいえ、復帰まで1年以上もかかるというのであれば、たとえ未練を残していようと騎手を引退して早く他の人生を早く模索すべきだとの思いから、わたしは上記のように書き込みました。
現時点で神経の損傷がなくても、術後の経過やリハビリの過程で背骨のダメージが蓄積された場合に歩行困難になるリスクもわたしは想定しています。
ましてや、現在は新型コロナウイルスの変異株によって、入院生活の長期化による院内感染のリスクが更に高まっており、もしもコロナに感染すれば、只でさえ重度のダメージを負った身体に更に追い討ちをかける結果となります。
変異株の感染力や致死率の高さも侮れず、わたしは北村友一騎手の入院中のコロナ感染で更に生命を危険に晒す可能性も深刻に捉えています。

ところが、どれだけ時間がかかっても復帰を待望する者が多いことに、ファンは同情してしまう程に本当に甘いものだとも思ってしまいました。
尤も、北村友一騎手本人の復帰への意思が固いのが、尚更切なさを増してしまうのです。

過去に重傷から1年以上復帰までに要した実例として、吉田豊騎手の場合、2017年12月に中山競馬で落馬した際に頸椎を骨折し、そこから2か月後には首にコルセットを巻いた状態で競馬番組に出演していたものの、復帰できたのは2019年3月になってからでした。
頸椎の骨折箇所の治癒に予想以上に時間を要したそうです。
三浦皇成騎手の場合、2016年8月の札幌競馬で落馬した際に肋骨9本や骨盤の骨折、肺挫傷の重傷を負い、度重なる手術を経て2017年8月に札幌競馬で1年ぶりに復帰という経緯があります。
詳細は以下の記事を参照していただければわかるように、車椅子から松葉杖での生活を経て、復帰2か月前に補助具無しでの自力歩行が可能になった程でした。

なぜわたしが泣けてしまったのかというと、北村友一騎手のJRAG1初制覇となった2019年の大阪杯を阪神競馬場で現地観戦していたからです。
それまでわたしは彼に特段の印象を抱いてはおらず、G1を勝ち切れていない騎手という認識に留まっていました。
レース中の進路妨害の裁定に不満で机を倒して騎乗停止期間が延長される過重制裁を受けた騎手という記憶こそありましたが。
その大阪杯を機にG1を幾つも優勝していき、メディア出演も増えていき、結婚して間もない時に大怪我です。

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果たして北村友一騎手が騎手として復帰できるかどうかすら、わたしにはいよいよ危うくなってきた印象しか今はありません。
ともすると、日本ダービーで騎乗予定だったラーゴム、宝塚記念出走予定のクロノジェネシスの鞍上次第で、「北村友一が騎乗していれば勝てたのに」と思われる結果になるかもしれません。
そろそろ彼が今後の進退を決める頃合だとわたしは思うのです。

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