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だめって言ったのに。

 昔話の「鶴の恩返し」のラストで、男は女房に絶対に開けてはダメ、といわれていた戸を開けてしまう。そしてそこに自らの羽を引き抜いて機を折る鶴を見る。鶴=女房は正体を見られたので、もうここにはいられないと男の元を去る。

 それでもここに残ってくれないか、という男の願いを、もし鶴が聞き入れたらどうなっていただろうか。

 思わず「そのままのお前でいいから残ってくれ!」なんて、勢いで言ってしまいそうだ。
 しかし、これまで一緒にいた女房には出ていってほしくないだろうが、男に鶴を飼う趣味はないだろう。

 もう人の姿にはなれません。鶴の姿では普通の家事や野良仕事、赤ん坊の世話もできないし、もちろん機も織りません。
 いてもいいけど、裏の田んぼのたにしを食べてるだけですよ?

 ・・・ぐだぐだ言わずに鶴が去っていくのをなすすべなく見送るのがきれいな終わり方だろう。そんな気がする。

 嫁にしてくれと人間に化けてやってくる生き物は、大体男に約束を破られて去っていく。正体を見られたので襲ってくるとか、罰を与えるわけではなく、ただいなくなる。

 鶴の他に嫁に来そうな生き物は蛤、鯉、たにし・・・仕返しするだけの体力はなさそうだ。

 嫁がいなくなることが罰なのだとしたら、その存在だけでなく役立つスキル(機織り、料理がうまい、などなど)を提供する者がいなくなって男のQOLが下がることが罰なのか、さて。

 男は約束を破った落ち度は認めたとしても、まさかこんなことになるとは思っていなかっただろう。
 そう言う教訓のお話として読むことも可能かもしれないが、あまりいい読み方とは思えない。この類のお話を子供に読んであげたときに、「約束は守りましょうね」と言って終わりにしてはちょっと違う感じがする。

 落ち度に対して結果が重すぎる、って考えるのがそもそも間違いなのだ。相手の意思より自分の好奇心を優先した。相手の気持ちを想像することを怠ったこと、それこそが誰かと共に暮らすときにしてはいけないタブーなのではないだろうか。

 どういうシステムで鶴は去らざるを得なかったのか謎は残るが、誰かと一緒にいるということは、いつでもいなくなる可能性と背中合わせである。こちらのあずかり知らぬところでカウントダウンが始まっているのかもしれない。

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