私と私と私と違うもの

私が出社すると、すでに私が来ている。
「おはようございます」
「おはようございます」
私の部署の部屋の鍵を取り、扉の前に行くと私が待っている。
「おはようございます」
「おはようございます」
私と一緒に私は部屋に入り、パソコンの電源を入れる。そうするうちに、私が出社してくる。

職場には選ばれて入ってくる以上人と人とにどこかしら共通したところがあるのはもちろんだが、むしろ違いが年齢や性別や性格などのヴァリアント程度に過ぎないと気づいてから、全ての人が私に見えるようになった。会社には私が溢れている。一人一人微妙に違うけれど根っ子は同じだから、居心地がいい。

しかし、ただ街ですれ違う、私には考えていることもわからず共通点も見つけられない人たちが今や怪物に見える。彼らは道路を涎を垂らしながら彷徨い歩き、耳にするに堪えない音を発する。それが嫌で家と会社の間は息もしないように歩く。だから彼らも私に気がつかない。わかっている、私は間違っている。けれども。

「Sさんに仕事が偏っていませんか?」
私が聞いてくる。
「いえ、大丈夫だと思うんですけど」
「そうですか。でも、お疲れのようですから、明日は休んだ方がいいですよ」
私がそんな私に都合のいいことを言うだろうか。あまりにも私は間違っている。だめです、と口に出そうと思ったら声ではない音が出た。

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