ヘロデ王の死

 民はヘロデを呪い、ヘロデは民を呪ったが、それによって常に虐げられるのは民であり、ヘロデではなかった。いくら怨嗟の声が地に満ちようとも、それが王まで届くことはまずなかったのである。何もかもがヘロデからは隔てられていた。王宮がこの世の全てであるならば、この世は楽園であった。

 ある日、東から三人の賢人がやってきた。楽園に迎え入れるのに賢人ほどふさわしいものはない。彼らの持つ知恵は王宮の彩となり、彼らの箴言は適度な刺激となるのである。
 しかし、迎え入れてみると、いつもとは様子が違った。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにいらっしゃいますか?」

 与えることには慣れているものの、求められることの絶えてなかった王宮は混乱に陥った。
「行って、その幼子のことを詳しく調べ、何か分かったらわしにも知らせてくれ。拝みに行くから」
 博士たちは帰ってこなかった。それも織り込み済みさ、とヘロデも王宮の誰も、そう自らを欺いた。不安が王宮を包み込んだ。

「ならば殺せばよい」というのがヘロデの答えであった。祭司長たち、律法学者たちを初め、官吏たち、それから芸妓たちまでが恐れおののいた。民が暴動を起こす、その年の人間が少なくなり税が取れない、かわいそう、様々な意見をヘロデは一笑に付した。「民草はいくらでも増える、そして忘れる。やれ」

 ベツレヘムにいる2歳以下の子どもはみな殺された。しかし、何事も起きなかった。民は諦めてその声をあげるのをやめたかのようであった。ヘロデはむしろ自分の行為を誇っているかのようであった。「過ぎ越しの祭りの再現だと思えば良いのよ」。しかし、彼は自分の日が近いことを知らなかった。

 それは突然訪れた。ヘロデが卓に着くと、見知らぬ男が座っていた。賢人だろうと思って挨拶すると、男は黙ってヘロデの手を取った。
「お前は行くのです」
「いやだ、ここから出たくない」
「ええ、出る必要はありません」
 そう男が言った途端、ヘロデの足元で深淵が口を開け、王宮もろとも飲み込んだ。

taper/細くなる

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