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父の愛情


東京に暮らしてすぐ、自分の故郷 北海道との違いを一番感じたのは、梅雨の湿度の高さでした。

北海道にも、"蝦夷梅雨"という雨が続く時期は有りますが、関東のそれとは全く違うと 暮らしてみてはじめて実感しました。

約20年 東京に住んでいますが、毎年のように思います。


最近 読んで心に残った本をご紹介致します。

とても有名な作品ですので、ご存知の方もたくさんいらっしゃると思います。向田邦子さんの名著『父の詫び状』です。



世代としては ひと世代以上違うのですが、この作品の中のお父さまと 自分の父がよく似ていて、とくに怒り方などは重なるところがたくさん有り、本当に驚きました。

あくまで自分の印象ですが、昔堅気で 男を張って生きていると言う様な、不器用で子供に強い面だけを見せようとするところなどは、

まるで自分の父親のようで、読んでいて他人とは思えないほどでした。


自分の父は北海道で、理容室を経営しています。

中学を卒業してすぐ住み込みで理容の道に入り、理容師になってからもう半世紀を超える年月が経っています。

"他人の飯を食う"という言葉がありますが、まさにその言葉の通り、先生の家で寝起きをし、先輩方と生活をしながら仕事を身につけた人で、

昔は呑むと子供が寝た後の夜中、母に向かって よくその頃の話をしていました。


先にご紹介した『父の詫び状』のなかに、仏様にお供えした後のご飯を食べるくだりがあります。

作品の中では辛い話ではありませんが、父がお供えのご飯を食べた時の話は、辛い経験の話でした。

住み込みの仕事で、見習いのうちは手持ちのお金も少なく お腹が空いていた時、修行先で出された食事がお線香の匂いのついた カラカラに乾いたご飯で、ほかに食べるものがないからそれを食べていたという話は

布団の中で何度となく聞き、その度にたまらない気持ちになりました。


わたしの世代で自分の知る範囲では、そういう経験をしながら仕事を身につけたという人の話を、聞いたことがありません。

子供ながらに布団の中で、自分なら全く耐えられないと思いました。いまもそう思っています。


そのように厳しい生活を越えて仕事を身につけた人なので、子供たち、つまり私と弟に対して 若い日の父はとても厳しくこわい人でした。

一緒に暮らしている間は、家のルールに従いなさいという強い姿勢です。


ある日の夜、わたしが自分の車で出かけようとしたとき、呼び止めてきた父に口答えをして、言い合いの末に頭を叩かれました。

その時は本当に珍しく母が割って入ってきて、父に叩いたことを強く怒り、家の中がちょっとした騒ぎになりましたが、

なにをどう収めたのか、そもそも何故そんなに怒られたのか おおよそしか覚えていません。

その時すでに20歳をこえていたので、怒りよりも情けなくて泣いた記憶はあります。


体罰には断固として反対です。肯定の余地は全く無くもってのほかだと、子供の時、体罰がまだ横行していた世代だからこそ確信を持って思います。人間ならどんなときでも、叩く以外の選択肢が必ずある筈です。


それでも 自分においての、この件に限ってのみですが、父の愛情からきた行動だったと今ははっきり思います。


自分の腕一つで母と二人、どんな日も店を切り盛りし、私と弟を育ててくれました。

厳しさの中にも、懸命に家族を守ろうとしている日々のすべてに深い愛情があり、明日の暮らしを心配したことなんて一度もありませんでした。


いま世の中はコロナ禍で、まるで時計が早回しになったように次々と生活の変化が起き続けています。

自分においても何年か後に向き合う筈だった出来事が、すぐ目の前まで来ています。


状況が刻々と変わり続け、それに巻き取られるように、自分の未熟さから 時には間違った態度で家族に接してしまう事が、つい最近もありました。


自分が相手よりも先に、言い方を変えれば、どんな時でも自分から、

愛情を示すことが出来るのか 自問自答をする時間が、いまも流れ続けています。


人の気持ちは形が無いだけに、失った事に直ぐには気づけず、気付いたからといって 実際は 何もすることが出来ません。

いつの日かまた取り戻せると、信じて待つのみかも知れないと 時間に任せて思っています。



愛情とは何かと思う時、いつも無意識に父のことを思い出し、最近はその数が増えています。

人を大切にする時のお手本が、実はとても近くにいたんだと、ここまで生きて来てやっと、思えるようになりました。


親であっても、未だ会うことがためらわれる中、


これを読んでくださった方が、

その人の大切な人と、なるべく長く人生を共にし、

心の繋がりを保てる時間が、

出来るだけ多く持てますようにと



ささやかですが、切に願います。








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