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察してちゃん(言わなきゃダメ)に疲れる問題の解決。

今日は察してちゃんについて書こうと思います。



察してちゃんとは

困った・不機嫌な様子を見せるが、自分から何か言うわけではない
 ⇒ こっちから優しく掘り下げてあげたり、忍耐深く話を聞いてあげないといけない。

「なんか不機嫌そうだけど、大丈夫?何かあった?」
「別に・・・。」
「いやいや、絶対普段と違うよ。俺何かしちゃった???」
「いやまぁ、関係あるっちゃあるけど・・・(ムスーーー)」
「ごめん、あやまるよ。何が気に障ったの???」
「いや別に、そのうち元通りになるから、放っておいてよ。」
「でも、言ってくれないとまた同じことして傷つけるかもだし、教えてよ。」
「そんなに聞くんなら言うけどさぁーーー!!!怒怒怒」


「さっきから手が止まってるけど、どうしたの?(すぐ聞いてくれた方が早くていいのに。)」

「実は…」


「あぁ、どうしよう。これはまずい。あぁー。」

「えっと、なにかトラブったの???」

等々。


とそういう面倒くさい察してちゃん。どれほどまで感情的になって反撃や反論をしてくるかで、面倒さの程度は違うかもしれない。また、職場等なら、放置したことで起きる問題の程度で面倒さは変わるだろう。それにしても、ただ困り顔や、不機嫌顔で隣でむすっとされていたらいい気はしない。




察してちゃん話のよくある反論

察してちゃんが嫌だと言う話になると、次のような反論をよく聞きます。どちらも少しピントがずれている。

全部言わないとわからないのか??指示待ち人間かと難癖つける派

例えばカレーの材料を買い出しするとして、お店について手分けして材料を選びにいこうという時、

「肉とルーはそっちにまかせる!私は野菜系買うわ!」

こういうとき、察してちゃんは、

買うべき肉とルーがわからないのに、自分から聞く(質問や確認)という行動をとらなかったり。あるいは、朝から健康的な食事にしたいって言ってたじゃん。今日は夏野菜カレーだよ!!なんで、そのルーなの!と逆切れたり。

予見したり経験則で対応できないなら、あらかじめ確認するべきであるし。一方、勝手知る内容なら、察するという省略行為で効率化を図ることは妥当だが、イレギュラー要素があるなら、そのイレギュラー部分は念入りに伝達するべきである。通常処理と例外処理時の区別ができないとも言う。



適当に距離をとれば上手くいく(放っておいて。話し合いはしなくていい派)

不機嫌になったり、気分の浮き沈みがあったり、落ち込んだり喜んだり。何にたいして、どんな感度で反応するのかは、その人次第なので、不機嫌になることは、否定するべきではない。最終的には心を否定することに繋がるからだ。思い感じるのは自由である。

ただし、なにも言わずに不機嫌で居続けることはマナー違反というか、傍にいる人との人間関係にとってマイナスでしかない。

自責傾向の強い人なら、自らのなにかが悪かったのてはないかと省みて、発言行動を抑制するようになる。つまり、察してちゃんの顔色をうかがうようになる。いずれ疲れて破綻する。

一方、他責傾向の強い人ならば、不機嫌な態度を罵倒したり叱責して、それでもなおらなければあなたのもとからすぐに去っていくだろう。

不機嫌なこと、困った事について沈黙することが悪なのである。





察してちゃんに疲れる

目の前の課題やタスクを、自らのペースでも、立ち向かって解決を図ろうとできない。またその道中を、精神の安定を自ら図りながら進めない。他人の手助けをまったり、他人に気をつかわせるわけだ。

もっとシンプルに言えば、自分のことを自分なりに解決できないという、自立していない人だから、面倒くさくて疲れるわけだ。

そんな人は放っておけばいいというわけには、実はいかない。なぜなら、トラブルや問題にでくわしたり、不機嫌になっても取り繕ったりする余裕がない状況にならないと、察してちゃんかどうかわからないからである。

教室の誰が察してちゃんかは、文化祭の準備進行で追い込まれないとわからなかったり。付き合っていても順風満帆な時には見えずに、旅行時のトラブル対処で発覚したり。はだまたは、結婚後の育児期間に発覚したり。採用されてからの実務中に発覚したり。

察してちゃんは隠れていて、様々なトラブルが起きないと、見つかりにくいのだ。そして気づいたときには時すでに遅いかもしれない。




察してちゃん問題の解決

発覚したときが取り返しのきく段階であれば、避難することもできる。しかし、取り返しや逃げ場かないのなら、察してちゃんと向き合う必要がある。これから語るのは解決と言う解決ではない。

1、察してちゃんに任せずに、あなたが一人で頑張る。

いずれ疲れて破綻する。また、他人任せ傾向があるため、どんどん任される量は増えていく。それでも頑張る…??


2、進捗確認や意思確認を入念に行うか、多少の損失や失敗は覚悟して、相手へ一任する。

意志疎通や確認の重要性や重要事項がわかっていないで、おろそかにしているやからなので、あなたの入念な確認は口うるさい何かと受け取られて、互いに疲弊していくだろう。それが嫌で、向こうに一任すると劣悪なクオリティや出費になることがあるかもしれない。抜けもでてくる。塩梅の見極めが難しい。しかし、案外大失敗はそうおきない。


3、困ったり、不機嫌になってもいいが、原因と今後の対応策や見通しを話してもらう。話す癖をつけてもらう。

何が原因かわからないと、傍にいる人がうろたえて嫌な気持ちになることを理解してもらい、何が原因か、あるいはあなたのせいではないと教えてもらうようにする。

そして、可能であれば、ただ時間をもらいたいでもいいし、気晴らしに一人で丸々してきたいでもいいし、今後の展望を語ってもらうようにする。見通し通りにならなくても、またそのときに次の手を話してもらえれば、傍にいる人は向き合いやすいし、傍にいる人の心は疲弊しない。






終わりに

以上が察してちゃんに疲れた、疲れるという話でした。ただ、注意が必要なのは、察してちゃんでも、興味関心のある分野では普通に回せていることがあることです。

仕事はできるけど、家事では察してちゃんみたいな人はそういうことです。また、本当になにも知らない知識経験不足の場合もあります。わからないところもわからないという超レベル差がある場合です。経験を積めば改善されるかもしれません。

ここからは蛇足というか、おまけてす。本当に人間というもの、色々巡りめぐっていると思います。最初は頼ってくれるところが可愛かったのに、その本質に後から気づくとか、能力がないことを何となく自覚しているから、自然とそういう立ち回りになるというか…。人が多数になるとそういう劣等感や劣等感を逆手にとった動きが出てくるというか。人間は不思議です。

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