大学の変な先輩総集編

全部石川雅之と森見登美彦のせい

 浪人を経て第一希望に合格した私は待ち望んでいた新生活を前にウキウキだった。大学生になってやりたいことは色々ある。勉学、友人との交流、アルバイト、臑に傷のつかない色恋、シュールストレミング開封式、なによりも黒髪の乙女とお近づきになりたい!
 
浪人生の間にもやしもんと夜は短し歩けよ乙女をがじがじしていたため私の大学生に対する印象はめちゃくちゃだった。夢と希望をぶち込みすぎて脳内ハッピーセットだった。が、この認識が私の人生をネクストステージに叩き落とした。

「新入生? 何か困ってる?」

 サークルオリエンテーションの最中、情報処理能力を凌駕したチラシを押しつけられてあたふたしていた上に突然の雨で雨宿りを余儀なくされていた幼気な私(19)はやや下の方から声をかけられそちらを向いた。西の方のイントネーションだった。黒髪の美人がそこにいた。テンションがうなぎ上った。黒髪の乙女じゃん!!!

「お昼食べた?」
「まだです」
「おにぎりでよかったら部室にあるけど来る? 雨宿りもかねて」
「お邪魔します」

 黒髪の乙女に弱い私は誘われるままホイホイと部室について行っちゃったのだ。そここそが落語研究会だった。私はこの門をくぐる時に一切の常識を捨てるべきだった。本当に。変な奴しかいなかった。私も含めて。

おっぱいが大きくて身長が低くて関西弁で美人で勝ち気で黒髪の先輩

 文字列が強い。通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さん並みに文字列が強い。この人が私を落研に連れてきた黒髪の乙女だ。社会人の卒業生と付き合っている。黒髪だけど乙女じゃなかった。大学生くらいになると美人には大体彼氏がいるのだ。美人なのに彼氏がいない人は大抵何かある。
 先輩はおっぱいが大きく料理が上手でラーメンを食べた後にスープの中に白米を入れて食べるけどそれが全て胸につく人だった。チートか。夏合宿では緑色のビキニを着ていた。網膜に焼き付けたので私の走馬灯では必ず流れる。
 先輩は飲み会の帰り道で私(19)に社会人の彼氏とクビシメックスをした話を披露して幼気な未成年に知恵熱を出させた。心底ショックだったが私が男の子だったらこう言っただろう。

「めっちゃ濃いの出た」

実家に帰ったら実家がなかった先輩

 夏休み、ほとんどの下宿生は実家に帰る。私とその先輩もそうだったが、先輩の方が一足先に実家に旅立っていった。次に会えるのは2週間後かと思っていたがしかし、翌日部室に遊びに行くと先輩がいた。

「あれ先輩実家に帰ったんじゃ」
「実家、なかった。売り地になってた」

 帰ったら更地になっていたらしい。理解できなかったが一番理解していないのは先輩の方だった。
 私は先輩と二人で現実を受け止めないようにシュタインズゲートを遊び、三日後に先輩の家族は引っ越しの際に息子に連絡をし忘れたことを知った。忘れていたのは連絡ではなく息子の存在だと思うが……
 ちなみに、この先輩がアパートの隣に社会人のお姉さんが住んでいて洗濯物を干しているとベランダ越しに話しかけられていた人だ。うらやましい。部屋に上げさせていただいてお昼もごちそうになったことがあるらしい。うらやましい。バイトも紹介してもらったことがあるそうだ。もげてしまえ。

「でもそのお姉さん39歳なんだよ」
「お姉、さん……?」
「俺はお姉さんだと思っている。じゃないと辛い」

 20代前半の我々にとってもうすぐ40代はなかなかにハードルが高かった。

7回抜いたら7点足りなくて東大に落ちた先輩

 その先輩は沖縄出身の性欲が強すぎてのたうち回る胸毛と腹毛の濃い人だった。18歳になったときに日付変更と共にレンタルビデオ店に駆け込みアダルトビデオを借りようとしたところ、対応してくれた人が当時かわいいなと思っていた女性アルバイト店員で撃沈した、という過去を持つ。
 そんな性欲魔神でも恋はする。先輩は東京の大学に行くと言った片想い相手を追いかけるべく「東京の大学ってわかんないけど多分東大はそうだろう」と東大を受けた剛の者だ。
 そして二次試験前夜、人生初めての東京、人生初めての一人ビジネスホテル、人生初めてのペイチャンネル、何も起きないわけがなく……当然直前に勉強なんてしなかったらしい。結果小見出しのようなことが起きた。抜かなければ合格したのかについては謎だ。ちなみに片想い相手には慶応大学生の彼氏ができた。涙拭けよ先輩。
 先輩はそのあと、初めて見た雪に大はしゃぎして全裸で雪に飛び込み心臓を止めかけたり、一人で黒霧島を1瓶飲んでてぇへんなことになったり色々あったらしい。
 そんなやらかし大王でも彼女はできる。信じられんが。この先輩は同じ落研の同期とひそかに交際していた。性欲魔神らしからぬ清いお付き合いだったそうだ。しかし性欲魔神は止まれなかったらしく、結果フラれた。
 こうしてまた黒霧島を1瓶空けると、あてもなくフラフラ歩き出し、酔った勢いで交通安全のピーポ君の看板に殴りかかったのを通りすがりのサラリーマンに止められた。失意のまま歩き続けて部室に入ると、一心不乱に部誌に般若心経を書き殴りそのまま眠りについた。翌朝それを見つけた私はトラウマになった。許せねぇ。ちなみに別れた彼女は落研の別の人と交際し、結婚した。当然先輩は結婚式に呼ばれなかった。呼ばれてたまるか。
 この話を読んで先輩を好きになった人はYoutubeを漁るといい。先輩が下宿先で同級生と乳首に洗濯ばさみをつけて引っ張り相撲をしている動画がある。マジ何してんだこの人?

冬眠しすぎて死んでたと思われていた先輩

 落研に入会して数日、部室に行くと見知らぬ人がいた。見知らぬ人は大体先輩に当たる人だろうと思っていたため、気軽に話しかけてみた。

「どなたですか?」
「俺が見えるのか?」
「見えます……」
「俺幽霊なんだよ」
「足ありますが」
「そうなんだよねー。お、PS3あるじゃん、ゲームしようか」

 楽しく遊んでもらっていると、別の先輩がやってきて、幽霊さんを見ると腰を抜かした。

「生きてたんですか!?」

 幽霊の方は過年度生、所謂留年生だそうだ。それも学部7年生の。曰く後期になると冬眠してしまうため後期の単位が取れないそうだ。しかし冬眠が過ぎたようで、先の後期は少し早めに姿を消したという。
 そこでタイミング悪く2ちゃんねるにあった我が校のスレで「自殺した学生がいるらしい」との書き込みがあった。心配した同級生が先輩に連絡をしたが当時はメールしかない、つまり既読はつかない。先輩は自分が自殺したのではと思われていることを知り、こう考えた。

「死んだふりしよう」

 そしてそのメールに返信せず、転がり込んだ彼女の部屋から一切出ず、本気で死んだふりを貫き、そして記念すべき復活祭で最初にそのお姿を目にしたのが私だったのだ。

「本当に死んだと思いました」
「びっくりした?」
「しましたよ! 花壇の色が違う花が咲いてるところがちょうど人一人分の大きさだったんであそこに埋まってるんだってみんなで言ってましたよ!」

 ヤベー奴しかいないぞこの空間。
 この先輩は彼女の家で遊んでいた時に突然彼女の両親が訪問し、慌てて窓から飛び降りて逃げたところうっかり足を折ったことがあるそうだ。そのまま病院へ向かったが、医師になぜこんな怪我をしたのに歩いて来たのか聞かれたところ、頑なに理由を伏せたらしい。言えよそこは。
 ついでにトイレに早く行きたいがために部室の窓から飛び降りうっかり足を折ったことがあるそうだ。トイレは無事に間に合ったが足は無事ではなかった。足を大事にしてくれ。
 先輩は「今年の後期こそがんばる」と口にしてはいたものの、冬になると再び姿を消した。やはり冬眠してしまわれた。そのまま彼女と共に消息がわからなくなり現在に至る。方々探したが連絡が取れず、やれ実家に帰っただとか、親戚がやっている工場で働いているだとか、彼女が金持ちでそこに転がり込んでいるだとか色々な嘘の情報が飛び交っていたが、しばらくしてエアメールが届いたそうだ。曰く、マレーシアにいるそうで。どこまで行ってるんだ……足を大事にしていてくれると嬉しい。 

他にもいるよ変な人々

 この他にも「落研に『俺面白いんすよ!』と言って入ってきた面白くない同期」「冬服のレパートリーが2パターンしかない同期」「結婚式にセフレを呼んだ同期」「20歳年上の漫画家志望のおっさんと付き合ってた先輩」「学部7年まで延長したけど無事に卒業して鬱病になった先輩」「オタサーの姫」「オタサーのナイト」「彼女に『今日泊まらせて、何もしないから』というメールを送っていたことが暴露された後輩」「Mensaの会員になったドルフロ戦術人形保有率100%でランカーの後輩」「私に沢城みゆきを教えた先輩」「旦那さん」「私」などなどの珍妙な人々が私のサークルにはいた。
 大学は恐ろしいところだ、頭おかしくなる、なった。もう少し覚悟しておくべきだったかもしれない。森見登美彦小説よりもやしもんより強烈だった。でもいい経験だったと思う。いい経験だったよね???
 唯一の心残りはシュールストレミング開封式をしたいと言ったら「去年やったからダメ」と言われたことだ。やったのかよ……

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