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「伏線回収」より「伏線加筆」、改作の決断が生んだ傑作『かがみの孤城』

『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』(北村正裕著、2023年1月、彩流社刊)の第一章では、小説『かがみの孤城』(辻村深月作)が、2013年~2014年の「asta*」連載では完結せず最初から書き直した上で連載版とは矛盾さえする当初の想定外の結末を持った物語として生まれ変わって2017年の単行本が出版されたという経緯を紹介しましたが、連載という書き方について、『Another side of 辻村深月』(辻村深月著、2023年3月、KADOKAWA刊)に掲載されている辻村深月さんと井坂幸太郎さんとの対談の中に、ちょっと面白いやりとりがありました。
対談の中で、井坂幸太郎さんが
「僕は連載ができないんですよ。プロットを立てず頭から書いていくやり方だから。いろいろと試行錯誤してみた結果最初から全部やり直しってなることが多いので。連載って、やり直しがきかないわけじゃないですか。怖くないですか?」
と問いかけ、辻村深月さんは
「締め切りのために原稿を無理やり書く、辻褄が合わないかもしれないし、怖いけど、そうやって自分を追い込んでいくやり方が、今の私には必要みたいです」
と答えています(p.60~p.61)。
井坂さんは連載という書き方について、「やり直しがきかない」と発言していて、これは、普通の感覚でしょうが、辻村さんの『かがみの孤城』が連載で始めたもののやり直しが必要となって連載を途中で止めて書き下ろしに切り替えたという事情はご存じないこともうかがえ、改めて、『かがみの孤城』の「やり直し」がいかに珍しいことだったかがわかります。

『Another side of 辻村深月』の別のページには、『かがみの孤城』の担当編集者であるポプラ社の吉田元子さんのコメントも載っていて、そこには、
「連載が作中の夏休みまで進んだ頃、川沿いの喫茶店で辻村さんから『彼らがどこから来ているかわかったんです』とこの物語の大きな仕掛けを聞いた時のことをありありと覚えています。誇張でなく鳥肌が立ち、思わず涙ぐみました」
と書かれています(p.91)。
普通なら連載を途中で止めて最初から書き直すなど考えられないようなことなのかもしれませんが、『かがみの孤城』連載途中で作者が気づいたアイデアがあまりに素晴らしく、編集担当者が「鳥肌が立ち、思わず涙ぐみました」というくらいの衝撃をもたらすものであったため、この例外的な書き直しが許されたということなのかもしれませんが、それにしても、普通は考えられないような途中での連載終了と最初からの書き換えと書き下ろしへの切り替えの決断、作者と編集者の決断が『かがみの孤城』という傑作誕生の最大のポイントだと、改めて思います。
『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』の第一章で、
「『かがみの孤城』一七年版単行本の物語の魅力を決定的にしている重要なアイデアは、連載開始時には想定されていなかった要素であり、連載最終回執筆時に作者が得た新しいアイデアを採用すべく、連載を第一一回で終了し、最初から書き直すという作者の決断が、この傑作誕生の最大の要素だったとも言ってもよいだろう」(p.20~21)
と書きましたが、『Another side of 辻村深月』に掲載された上記の対談、コメントを読むと、改めて、作者と編集者の決断の大きさを感じます。
また、『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』の「あとがき」では、ネットでよく使われる「伏線回収」という言葉に関して、
「『かがみの孤城』の場合、伏線は「回収」というより「加筆」されたと言った方がよいようなもので、その修正、加筆作業の決断と労力に対してこそ、読者は敬意を払わなくてはいけないだろう」(p.242)
とも書きましたが、これについても、やはり、改作の決断があればこその加筆です。そして、そこで例として挙げたこころのスバルに対する「ハリーポッター」発言の加筆については、加筆されたその発言が映画では削除されてしまっているので、映画のみ鑑賞済みという方には、是非、原作小説も読まれることをおすすめします。そして、映画には、映画独自の伏線もあるので、原作と比較しながら楽しまれるとよいと思います。

『Another side of 辻村深月』については、もう1点、再録されている2017年の「anan」記事の中で、辻村深月さんが、『新世紀エヴァンゲリオン』を「人生を変えたアニメ」として挙げられていることも記しておきたいと思います。『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』では、作品の内容から『エヴァンゲリオン』を「源流」と位置づけましたが、『Another side of 辻村深月』に再録された「anan」記事で、辻村深月さんご本人が『エヴァンゲリオン』を「人生を変えたアニメ」として挙げられていたということを初めて知りました。このことについては、ブログ記事「辻村深月さん『エヴァンゲリオンは私の青春そのもの』」に書いてあります。


ブログ記事「辻村深月さん『エヴァンゲリオンは私の青春そのもの』」
http://masahirokitamura.dreamlog.jp/archives/52497939.html

『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』出版情報(彩流社のページ)
https://www.sairyusha.co.jp/book/b10025211.html


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