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結婚

前書き

この掌編小説はVRChatのコミュニティ企画「第7回きっとあなたの1400字」に応募したものをnoteにて再公開したものです。
作品はVRChat内、言ノ葉堂2号店(https://vrchat.com/home/world/wrld_5e0a8b87-2ae7-4ee2-bbff-25e92145d3bb)にて公開されていますが、VRでは文字を読みにくい方のためにnoteにて公開します。

本文

小さなチャペルの壇上に一人、着慣れないタキシードの息苦しさに襟元を弄りたくなる気持ちを抑えつけてただじっと待つ。
そして観客達が一斉に後ろを振り向き、抑えきれない期待と喜びのさざ波が静謐な教会に広がる。
それまで閉じられていた大きな扉がゆっくりと開け放たれた時、そこには真っ白なウェディングドレスに身をまとい、ベールで顔を隠した僕の花嫁がいた。
彼女がゆっくりとバージンロードを進む。
真っ赤な絨毯が優しく足音を包み込み、なめらかな純白のAラインと広がるトレーンが彼女の淑やかな足取りに併せて流れ、その手に持つ白と青で彩られたブーケの瑞々しさが彼女のエネルギッシュさを思い出させる。
端的に言えばめっちゃ美しかった。
美の女神はここにいる。そして今日、彼女は僕のお嫁さんになる。

見とれているといつの間にか彼女は僕の隣にいた。
神父は一度僕たちに視線を向けた後、お決まりの神の言葉を告げ始めた。
まるで結婚式だ。
いや何を言っているんだ。結婚式なんだから当たり前じゃないか。
だが今更ながらも実感が湧いてきた。まさか結婚できるなんて、しかもこんな素敵な人と。そんな考えが頭から離れない。
そこでふと誰が言ったのか、どこで聞いたのかも忘れた言葉を思い出す。
『本当の恋は一目惚れ以外に無い。 二度も見れば恋など吹き飛んでしまう。』
それは正しい、一目惚れには時間制限があり、そして褪めやすい。
それでも、一目惚れもせずに愛する事の方が難しい。だからこの仕組みは人間が素晴らしい愛を育むために特別に与えられた猶予期間なのだ。
永遠の愛など存在しないとペシミズムに構えるつもりはないけれど、永遠の愛は自然と生まれると楽観的でもない。愛とは二人の間で不断の努力によって育まれるものだろう。
だから僕は彼女を愛したから結婚するのではない。愛すると決めたから結婚するのだ。

そんなことを考えながら、神父の声に促されるまま花嫁のベールを上げる。
事前に定められた予定に従って顔を近づけようとする僕を制するように、僕の手を彼女の手が包む。
「またくだらないこと考えているんでしょう。・・・・・・そうねえ、結婚についてとか。」
まさに丁度考えていたことをピタリと当てられて僕は驚いた。
彼女の声は呆れたような楽しんでいるような、何度も聞いた僕の好きな声だ。
「でも、結婚についてあなたがいくら考えてもなにも分からないわ。だって結婚はあなただけではできないんだもの。」
彼女の甘い香りに混ざってブーケの花の香りがした。
「だから、私に聞かせてちょうだい。あなたのくだらない考えを。」
小さなささやきを交わす僕たちに参列者達が困惑したように目配せを交わし会い、神父がため息を静かについた。
すまないけど、でも今はそんなことはどうでもよかった。
だって僕は幸せだった。
「あなたのそのつまらない話を聞いてあげられるのは、これからは私だけなんだから。」
こんなに素敵な人と夫婦になれるのだから。
幸せとは今だ。
「君のことを僕はたまらなく愛してる。」
一体どうしたらこの愛を言葉なんかで伝えられるというのだろう。それでも精一杯の心を込めて告白した。
僕の言葉に一瞬目を泳がせて、でも直ぐにまっすぐ見返してきた彼女。
「実は私も愛してるわ。」
そう言って頬を赤く染める彼女のその艶やかな唇に僕はキスをした。
これまで人生の主人公は僕だけだった。だけどこれからの主人公は、僕だけではないらしい。

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