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直観を切り捨てる


①ホットラインに救急要請が入る

70歳男性、背部痛の方の収容依頼です。
夕食後にテレビを観ていた時に突然の背部痛を自覚されました。1時間ほど様子をみるも改善がないために救急要請されました。胸部症状はなく痛みの移動もありません。体動で痛みが増悪するということもありません。
既往に高血圧、糖尿病があり、近医で降圧薬と糖尿病の内服薬を処方されています。アレルギーはありません。
意識レベルは清明、呼吸24回、脈拍90回、リズム整、血圧180/110で左右差なし、SpO2はルームで97%、体温36.7℃です。
受け入れいかがでしょうか。

②診断ミスに対する感情の鈍化

医師14年目にもなると、自分の診療スタイルがある程度確立されてきて、救急外来でのマネージメントに困ることがほとんどなくなってくる。

学年が若いうちは、どんな疾患に対しても「見逃したらどうしよう」、「診断をつけなくてはいけない」と、意気込んでいた。

救急外来診療で診断にこだわることはとても大切なことで

「大丈夫そうだから今日のところは様子をみて、また日中の外来に来て専門の先生にみてもらってください」

というマネージメントは救急外来での責任を果たしたとは言えない。
もちろん、大丈夫な人もいるのだが、救急外来で解決してしまうことも多い。

診断をつけるということにこだわらなくなると、自分の診断能力は上がらない。「発熱・咳・咽頭痛」を主訴で来た患者10人に対して、皆に「急性上気道炎」という診断をつけていたら10人中9人はそうかもしれないが、その中に潜む別の疾患の、しかも致死的な疾患をもつ1人の患者を見逃すだろう。

若手のうちは、診断できず見逃したことにひどく落ち込み、トラウマになることもあるだろう。

一方、学年があがってくると、

「これを最初のうちに診断するのは無理だよ」
「次に同じような患者さんが来ても同じ対応するな」

と、診断できなかったことが当然で、自分に非はないという言い訳を一生懸命している残念な発言をするようになってしまう。

見逃したこと、誤診したことに対する免疫がついてしまい、結局自分の診療スタイルを変えることがなくなってくる。

自分も気づかないうちにそういうことが増えてきているかもしれないと思い、今一度、「診断する」ということに真摯に向き合ってみようと思った。

そのためには、どういう時にミスをしやすいか、を知る必要がある。
そこで、以前から気になっていたこの本を読んでみた。

③『診断エラー学のすすめ』

総合診療界隈で名だたる先生方が執筆されており、診断をするための思考過程や、どのようにエラーが発生するか、多角的な視点で書かれており、大変勉強になった。自らの診療を振り返る際にこの本を活用していこうと思う。

診断を進める戦略として、Dual process Theory(二重過程理論)というものがあるようだ。1つは直観的思考(Intuitive process : System 1)と、もう1つが分析的思考(Analytical process : System 2)だ。この手法は、診断を下す場面に限らず、人が意思決定をするときに用いられる。これについてはこちらの書籍が有名だろう。

熟練した医師は、system 1で結論を出すことが多くなる。一方で、経験浅い若手医師は、一つ一つ情報を吟味し、system 2で結論を出す傾向にある。
どっちの手法が優れているというわけではなく、両方を用いながら診断をくだすことになる。

④「突然発症の背部痛」の初期診療

さて、冒頭の症例の受け入れが決まった際に、どのようなことを頭に思い浮かべ、受け入れ準備をし、診療にかかわるスタッフとブリーフィングを行うか。

誰しもが、急性大動脈解離を鑑別の上位にあげるだろう。
来院後速やかに末梢ラインを確保して採血・心電図を行い、左右上肢で血圧測定し、心エコーで心嚢液や心機能、上行大動脈の拡張の有無や大動脈弁逆流、腹部大動脈のフラップの有無を確認すること、ポータブルの胸部X線で縦隔の拡大と肺野のチェックすること、迅速クレアチニンもチェックして早々に造影CTに行く可能性が高いことを共有しておく。
疼痛が強いと有益な病歴や身体所見も取りづらく、診療がスムーズに進まないため鎮痛薬も使用する。

このようにブリーフィングを行うと、急性大動脈解離を診断するまでの初期対応は非常にスムーズに行われるだろう。一緒に診療に入る研修医もしく専攻医は、心エコーで上記の所見がないかを目を凝らしてみてくれるだろう。看護師も、速やかにバイタルサインの測定、心電図、末梢ラインの確保と採血も行ってくれるだろう。来院して10分ほどで、造影CTにいける体制が整うのである。

ここで、診療を取りまとめるリーダーはどうするか。大動脈解離であると強く信じて

「早く造影CTを撮って決着をつけたい」

などと思ってはいけない。そこに大きな落とし穴があるからだ。
自分が、「大動脈解離の可能性がある」と口にした瞬間、初療室のムードは大動脈解離一辺倒になる。もちろん、致死的な疾患であり、迅速な対応が必要であるためそれ自体は悪くはないのだが、そういうムードになったらリーダーは大動脈解離を一旦頭から切り離す必要がある。そして、他のcriticalな疾患たちを想起し、それを示唆する情報が出てこないか、大動脈解離に矛盾した情報がでてこないかに注目する。

もし、血圧の左右差もない、心エコーで心嚢液の貯留や上行大動脈の拡大もない、大動脈弁逆流もない、腹部大動脈のフラップもないとなれば、本当に大動脈解離でよいのか?と疑うべきである。もちろん、エコーで見えていない部位の大動脈が解離している可能性はある。

心電図では、心筋梗塞を疑う変化がなければ大動脈解離の可能性は残るし、変化があっても大動脈解離に心筋梗塞が合併している可能性があるため、当初のプランを覆すものではない。

胸部X線でも縦隔の拡大はなく、気胸や食道破裂を疑うような肺の虚脱や縦隔気腫もない。

ここまでくると、急性大動脈解離を疑う情報が、「突然発症の背部痛」のみであり、大動脈解離らしさを高める情報が他に出てこない。かといって、他の疾患の可能性を示唆する情報もまだ得られていない。ゆっくりと病歴を聞いて、丁寧に身体所見をとれば診断に近づけるかもしれないが、痛みで身悶えしている患者を目の当たりにし、大動脈解離が鑑別の上位にあがっている状況で診療の速度を落とすことに抵抗はある。

いずれにせよ、造影CTは行うことになるのだが、造影CTを施行する前に今一度可能性のある鑑別を想起しておく必要がある。それを念頭に置いて、画像をみなければならない。

CT室についていき、リアルタイムで画像を確認する。この時点で見たいものは限られる。
1つは大動脈。
もう1つは、脊髄腔内である。

病歴からは筋骨格系の可能性は除外してよいだろう。
気胸・縦隔気腫などもCT前の評価で可能性は下がっている。

となると、あとは突然発症の背部痛で考えるべき疾患は特発性脊髄硬膜外血腫である。MRIを撮らなくてもCTでも評価できることがある。

ここまでを想定し、画像評価までを迅速におこなう。
病院到着してから大体20分が目安だろう。
想定した診断でないのなら、腰を落ち着かせて病歴を聴取し身体所見をとり直す。

⑤直観を切り捨てる

直観だけにとらわれていると、CTで大動脈解離の所見がなかった時に思考が停止してしまい、路頭に迷うことになる。どんな主訴に対しても、頭にパッと診断が思いついたときはその直観をすぐに捨てて、そうではない可能性を探し始める。これが自分なりにエラーを防ぐための手段の一つとしている。




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