#3 キャラ・アプリのマーケティング

アプリにおける最高のマーケティングは何か

 猫のニャッホの開発に関するお話はほとんど過去2回でお話ししてしまったので、今回はアプリのマーケティングについてのお話。日本語にすると市場活動、販売戦略といった訳され方をする。
 ひと言でマーケティングといってもその手法は様々。イメージしやすいのは億単位の費用をかけておこなわれるTVコマーシャル、数千万単位で行うプロモーションイベント、数十万〜数百万で行えるウェブバナー広告のようなわかりやすい宣伝広告ではないだろうか。宣伝広告とは文字通り幅広い層に向けて商品を伝える手段で、お金を掛けただけ多くの人に知ってもらえる。当然、宣伝するための場所・時間・有名人の起用など、期待される効果の分だけ費用も上昇する。
 ゴールデンタイムに何度も目にするテレビ広告なんかは年間を通じて数百億円近い費用を投入していると聞く(そのぶん売れているという認識で概ね間違いはない)。生活必需品のような誰もが買う必要のある商品の認知力を高めるには最良の方法だが、当然デメリットもある。大金をはたいて宣伝しても売れなければ当然大赤字。会社によっては広告が生死を左右しているといっても過言ではない。

 私の経験したアプリ業界で言えば、マーケティングの目的は「新しい顧客の獲得」と「しばらく遊んでいない顧客の復活」にある。もちろんお金を払ってもらうことが最終的な目標ではあるが、課金は楽しい経験(や期待感)の先にある行動なので、顧客のスマホにアプリをインストールさせ遊んでもらうことが大前提となる。
 そしてこの「スマホにアプリをダウンロードしてもらう」→「数ある所持アプリの中から起動してもらう」→「継続して遊んでもらう」という流れを作り出すことが超難題なのである。みなさんが年間どれくらいアプリを入れて、そのうちどれくらいを遊んでいるかを思い浮かべてもらえれば、その選択肢に残るのがいかに難しいかがわかってもらえるのではないだろうか。
 そんなわけで、広告メッセージの届け方を間違えると費用対効果が著しく低下する。なぜなら広告は幅広い層にメッセージを発信する手段なので、よく「大したことない商品を魅力的に伝えて買わせるのが広告」、「広告と実物は異なるのは当たり前」と言われる。「誇大広告」という言葉が表すように、実際以上に魅力的・刺激的な表現が使われることが多いし、そういった広告がひしめき合う中で目立つ必要がある。
 しかし、我々消費者は馬鹿じゃないので嘘は見破られ、だまされたと感じたら二度とその商品を買うことはない。店頭に並ぶ日用品・生活必需品はそれでも良いかもしれないが、使い続けてもらうことが売り上げにきっかけとなるスマホアプリはそれではいけないのだ。

 それではどのような広告メッセージであればアプリを使い続けたいと思ってもらえるのか。以前目にしたサッカーの本場、ドイツ1部リーグに所属するボルシア・ドルトムントのハンス・ヨアヒム・ヴァツケCEOへのインタビュー記事に印象的な言葉があった。要約すると、「ひどいサッカーをしていたらいくら良いマーケティングをしてもファンは離れる。だから、最高のマーケティングは本物であり続けること。そして世間に対してありのままの姿を見せ続けること。」
2年ほど前に読んだ記事だったが、このマーケティングへの考え方がずっと私の心に刺さっていた。

マーケティングメッセージの考え方

 長々と書いてしまったが、マーケティングは専門分野ではないので話を戻そう。アプリ単体で考えた場合、どのようなマーケティングをするにせよ、目指すゴールはアプリでの利益である。では、利益とはどのように出るものか・・・CPIだのROASだのという業界的な用語をここに書いても仕方がない(興味がある方は自分で調べてみてください)ので、私がどのようなマーケティングメッセージを考えていたかに焦点を絞って書きたいと思う。

以前関わったアプリには次のような特徴があった。
・シンプルで誰にでも遊べるゲーム
・だが、アプリの魅力はゲーム内容よりも、キャラやストーリー
・可哀想な境遇のキャラを見守る体験ができる
・優しい世界観によって、癒しを提供している
・可愛いよりも、切ない気持ちにさせられる
・ちょっとシュールなキャラや展開が魅力
・独特なタッチはアート好きに受けている

 なので私は白紙にアプリの特徴を羅列し、制作側・既存の顧客・まだ遊んでない顧客といった別々の視点から見たときの印象を洗い出しました。開発時にアプリのターゲットを幅広い層ではなく、一定の年齢層以上の動物好きやアート好きな女性と決めていたので、これらのメッセージを私たちのゲームの世界観に興味をもってくれそうな層に正しく伝えることができれば、どのようなマーケティング手法を用いても必ず強い反応があると考えていました。
 このマーケティング手法にはもちろん弱い面もあります。そもそもターゲットにしている層を絞り込んでいるため、幅広い層に対する効果は期待できない。しかし、マーケティングには商品の置かれている状況に合わせた適正なやり方が必要です。
 たとえば、新しくリリースされたばかりのゲームであれば、知っている人がそもそも少ないので新規顧客は獲得しやすく、ゲームの世界観などを正しく伝える手法でも十分に勝ち目がある。一方でパズドラやツムツム、グラブルのような誰もが知るようなビッグタイトルで、すでに何度もCMを放送していると新規顧客の獲得は難しく、中身の純度よりも有名タレントで華々しい盛り上がりを見せて無理やりにでも注意を引く必要がある。

 テレビCMを放送する場合、そのクリエイティブを大手の広告代理店(実際に手を動かすのはその先の制作会社だが)に作ってもらうケースが多い。ここで重要なのが、私たちの考えているマーケティングメッセージと、制作の指揮を執る代理店のアートディレクターの考えが合致するかどうかだ。広告会社が仕事欲しさにクライアントに同調し、広告主の要望を満たすだけで何の効果も出さない広告が展開される事例は多々ある。どんな仕事をするにせよ、仕事をとるための仕事や、クライアントだけを見てその先の消費者を見ていない仕事には価値がないと思います。
 そういう観点で一緒に組む相手に恵まれるかどうかは非常に大切だ。私が一緒に仕事をした大手広告代理店は、クリエイティブチームのリーダーMさん、アートディレクターのEさんをはじめメンバーの皆さんがアプリだけでなくキャラクターに魅力を感じてくれて、どういうメッセージを発信すれば親和性の高いファンに届くかを一緒に考えてくれる人たちだった。
 できあがったCMを見た時の感動は今でも覚えている。頭に残りやすいメロディから始まるわずか30秒という短い時間の中で、登場キャラクターの魅力、アプリで体験できる世界観がとてもよく伝わってくる素敵なアニメーションだった。決してインパクトが強くて刺激的なCMではないので印象に残ってない人もいたかもしれないが、私たちの考えていたマーケティングメッセージがしっかりと表現された素晴らしいCMだったと思う。(後日談として、CM好感度調査で視聴者から「保険会社のCMかと思った」というコメントがあったのがご愛嬌)
 一般的にマスメディア(TVやラジオ、インターネットなど不特定多数が対象になるメディア)を活用した広告によって流入する新規顧客のアプリ継続率は低いといわれる。特定のアプリを自ら探している人とは違い、広告で知ってほんの軽い気持ちでダウンロードをする人が圧倒的に多いため、ちょっと遊んでみて「思ってたのと違うな」と感じたらもう遊んではもらえないからだ。だが、CMを見て遊び始めた人たちの継続率がCM前と同水準であれば、その広告は本物だと言えるのではないか。すべての要因がCMのクリエイティブだと言い切るつもりはないが、アプリで体験できる世界とCMのメッセージに乖離のないように丁寧に作り上げることが重要だと信じている。
 運が良かったと言われればそれまでだが、私自身そういった体験をしたので、今後もマーケティングに関わるときに大切にしたい考え方です。(ちなみにマーケティングの成功/失敗の捉え方は何を目標にするか、どれぐらいの期間で見るかによって評価がガラッと変わるので正解は存在しない)

TVアニメのもたらす意味

 一般的にTVアニメもまたキャラクターを認知させるためのマーケティング施策の一環である。私の関わった「猫のニャッホ」は2019年4月~9月の2クールに亘ってテレビ東京で毎週木曜日の朝7時半から「きんだ~てれび」という番組内でニャッホのTVアニメが放送された(いつかNetflixとかで流れるといいなぁ)。
 みなさんはキャラクターグッズと聞くとどういったものを創造するだろうか?ぬいぐるみ、フィギュア、雑貨、文房具など…キャラクターが前面に押し出されたかたちのものが圧倒的ではないだろうか。それを可能にするのはキャラクターの持つビジュアルイメージがあるからだろう。ディズニー、サンリオ、サンエックス、マーヴェル、任天堂、レベルファイブといったキャラクターを扱う会社は、映像作品やゲーム体験を通してキャラクターのブランドイメージを広く浸透させ、グッズによる二次売り上げにつなげていく。
 ちなみにアニメや映画などの動画コンテンツの多くは、コンテンツ自体の売り上げで制作費を回収することはかなり難しいそうだ(赤字の方が多いらしい)。だからこそ映画公開やアニメ開始にタイミングを合わせてグッズを作ったり、タイアップキャンペーンを仕掛ける。キャラクターや作品の認知度が高いと数々のグッズが生み出されていき相乗効果は計り知れない。しかし、アプリのように新規顧客を何十万も獲得しようときたいするとそうはうまくいかない。パズドラもモンストもグラブルもアプリは大ヒットしても映像作品となると基本的に見るのは既存ユーザーが多く、しかもDVDなどの購買目的の多くがアプリ内でもらえる特典目当だといわれる。

 地上波TVアニメ化という言葉の持つ力は大きく、グッズ制作会社や広告代理店とのキャラクターを活用したグッズやタイアップ企画などの話がまとまりやすくなり、ニャッホグッズやゴッホ展とのコラボといったキャラクターの露出機会が増える結果となった(マーケティング部署のメンバーの営業の賜物である)。
 同じマーケティングの施策といっても短期的に数字を変化させることができる広告活動はアプリを続けていくうえで必要不可欠なものである。一方で時間と労力は必要だが、キャラクターのブランディングを高める努力と、他社との協業によってキャラクターの市場価値を高める取り組みを重ねていくことが長期的に顧客の心を掴み続けることにつながるのではないかと思う。
 このあたりは本当にバランスが難しい。短期的な数字を追いすぎてもおかしくなるし、あまりのんびり長期的に構えすぎてサービスが傾いては元も子もない。会社としての資本力とマーケティング哲学次第というところか。

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