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『生け雑草』? これがとってもステキなんです

野草ではなく、「雑草」と聞いて、どんな印象をお持ちでしょうか? これは、年代や住んでいる場所によって、かなり異なると思われます。

考えてみれば不思議なもので、同じ種類の植物が、あるときは野草となり、またあるときは「雑草」と呼ばれて忌み嫌われたりします。まったく同じ存在なのに…

最近、ひょんなことから、雑草との付き合い方に関心をもつようになり、図書館で本を探してみました。

すると、『生け雑草』小林南水子に出会いました。

切り花用に栽培された園芸植物とは異なり、そのへんに生えている小さな草花は水揚げがよくないから、持って帰っても、生けられないよ、などと聞いていましたが、ちゃんときれいに生けている人がおられました。

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毎日、雑草をもらってきて生けては、コツコツとInstagramにアップ。その成果が本書になったようです。

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器がとてもステキで、生け方もお上手であるにせよ、この写真集をみると、「雑草」が生えていると汚い、とか言って邪魔者にするのはもったいなすぎる!と感じさせてくれました。

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コラムの言葉にも共感したので、ご紹介しますね。

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生け雑草は採ってきた草花を水に入れるだけ。
そんな気楽なスタイルで散策しているうちに、草花がひとつずつ見えるようになりました。

これを始める前は、道を歩いていても、緑の塊にしか見えなかった草花が、採取したり、名前を知ったりするうちに、ひとつずつ飛び出してくるようになったのです。

たとえば人混みでも、知っている顔があると、目に飛び込んでくるのと同じような感覚。「ここにいるよ」って。それがとても面白い。

すると、いろいろな草花が見えるようになって、ますます楽しくなった。それは生け雑草から生まれた楽しみです。
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何かに関心を持つと、それだけでも解像度があがる、といいます。
緑の塊がちゃんと意味をもったものに変わる、というのは、よくわかる感覚です。

私の場合は、職業柄、種類以上に、その木の健康状態やその環境での生活の苦楽が、向こうから伝達されてくる感じ。

雑草だって、同じ時代や場を生きる仲間と言えなくもないです、きれいさやパワフルさに目をとめて、楽しませてもらうのもあり、かもしれないですね。

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