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【連載小説】止恋〜シレン〜 第二話「非好機雲えがいて」

第一話です。まだ読んでない方はこちらから

行間1

〈大好きだよ。誰よりも。このままずっと一緒に居れたらいいのに〉

もうやめてくれ。頭の中で反響しないで。誰よりも辛いことも、誰よりも苦しいことも、誰よりも悲しいことも全てわかってる。だから僕の心の中に住まないでくれ。
絶望とも似つかない負の感情に全てを支配されていた。
心では求めていても理性では拒絶している。

〈他に好きな人なんていない〉

苦しい。辛い。嫌い。怖い。憎い。寂しい。虚しい。戸惑い。苛立ち。

たくさん気持ちが心の中で氾濫している。でもその根底にあるのは一言で言えば「愛」。それだけだった。
自信という言葉は自分を信じると書く。苦手ではない。むしろ得意な方であった。そんなことですら今はできない。何もかもが消え去っていくほど彼女が僕の心を占有していた範囲は広すぎたのだ。

〈ごめんね。たくさん傷つけて〉

傷つけられてなんていない。ただ自分の我が儘を押し付けただけった。お前の全てを認めれるほど大人ではなかったし、理性的でも無かった。ただそこに居てくれたらいい。それすらできないお前を憎みすらした。

嗚呼、なんて醜いのだろう。

傲慢だと言われれば認めよう、怠惰と言われれば改善しよう、盲目と言われれば光を求めよう。
苦しみから解放されたい。苦しみから解放したい。いっときの迷いで全てを失った僕は何を求めればいいのだろう。
今ならわかる。冗談で済ますことは出来ないほど最愛は君だったということが。

喀血に咲くのは赤ではなく青だった。

第二章 非好機雲えがいて

気がついたらあっという間に4月が終わった。目まぐるしく変わっていった人間関係、仕事の付き合いで新しい知り合いもできた、新しい生活にも慣れてきた。”変化”という言葉がぴったりな月だ。

咲さんとの関係も順調だ。その後何度か食事にも行ったし、今月は二人で飲みにいく約束もしている。
全てが良い方向へと進み、毎日が楽しい。もちろん仕事で辛いこともある。だが仲間と乗り越えていく充実感を僕は楽しんでいた。

さて、世間ではゴールデンウィークが騒がれている。2020年のゴールデンウィークは通常であれば4月29日から5月5日までであるが、うちの会社は少し遅れて5月1日から5月8日までの休みとなった。

久々の連休だ。ゆっくり羽を伸ばしたくさん遊んで楽しも。そう思っていたのは最初だけだった。
結論から言うと暇なのである。

5月1日と5月2日は大学時代の友人が遊びに来ていた。友人の仕事は小学校の教員である。約1ヶ月ぶりに会ったということもあり、お互いちょっとした思い出話や仕事の話などに花が咲いた。

やはり友人と遊ぶというのは良いことだ。みんなで飲みにいき、二次会ではビリヤードやダーツなどをしてから帰宅する。都会に染まりつつあることは実感していたが、友人に会うと嫌でもまだ自分が子どもなのだということを思い出してしまう。

僕らは今年で23歳になる。世間的に見れば大人ではあるし、どんな行いにも責任という言葉が付き纏う。

ただ子どもの頃に想像した大人というのはこういう姿だっただろうか。どんなに歳をとってもその人が持つ本質は変わらない。これから30代40代と歳を取るにつれて少しずつ大人という物を実感するのかもしれないが、今の僕らはまだ子どもと大人の中間、責任や社会的な地位だけが先走りしてしまい、それに従うしかない存在なのだと僕は思う。

「こんな哲学的なことを考えられるようになっただけ成長したということなのかな」

そんな感想を持って少しだけ苦笑する。
ひとまず、久しぶりに友人に会えたことで僕の心は余裕を取り戻していた。
変わりつつある自分を全否定されたわけではないが、「お前はお前のままだよ」といった言葉をかけてくれている気がしたからだ。

友人たちとの再会も少しの時間で終わってしまった。
職業が教員ということもあり、授業の準備や教材作成などで忙しいのだ。仕方がないこととはいえ少しだけ寂しさは残る。

「みんな辛いこともたくさんあるだろうけど頑張ろうね」

そんな言葉を掛け合いながら別れる。会えない距離というわけではないし、その気になればいつでも会える。連絡を取ることもいつでも出来る。一生の別れではないというのに何故か虚無感に支配される。どうせ少し日が経てば忘れるくらいの虚無感だ。あまり気にする物ではない。
そんなことよりも今は新しい生活を頑張り抜くことが大切だ。そう思いながら僕もフリーでやっている仕事をする。少しでも自分の夢に近づけるよう、今が頑張り時だと思いながら。

そんな感じでゴールデンウィークも仕事でほとんどを消費するだろうなと考えていた。だがその考えは杞憂に終わる。

いつも通り自宅の作業机でPCに向かう。納期までもう少しの仕事があるのでそれを片付けようとしていたのだ。そんな時にスマホの通知がなる。

『新井田くんお疲れ。ゴールデンウィークはどう?楽しんでる?』

いま契約している会社の上司からの連絡だ。

『お疲れ様です。納期が近い仕事あるので今それに取りかかってました。あとは他にもこれからのプロジェクトのことでやることがあるので、あまり遊びに行ったりとかはしてないですね(笑)』

『そうだよね(笑)それでその件なんだけど他の人に任せることにしたから新井田くんは特に何もしなくても大丈夫だよ。新井田くんいつも全然休まないで頑張ってくれてるからゴールデンウィークくらいは休んで!』

なんとお休みを頂いてしまった。嬉しいことではあるのだが、正直休んだとこで何もすることがない。

『本当ですか?嬉しいんですけど、僕の仕事なのに休んでも大丈夫ですか?』

『大丈夫だよ。他に空いてる人いるからそこに任せる!』

『わかりました!ありがとうございます!』

指先から奏でられた感謝の言葉とは裏腹に心では「どうしよう。残りの休み何して過ごそう」そんなどうしようもないことを考えていた。

5月3日。この日は特にやることもなく、家の掃除や読書、家事などをして過ごしていた。誰かと遊ぼうにもゴールデンウィーク真っ只中だ、みんなすでに予定があったりどこかに遊びに行ってるであろうことは明白だ。

現在の時刻は15時。「今日の晩ご飯は何にしよう」そう思いながら買い出しに行く準備をする。近所に安いスーパーがあり僕は普段からそこに通っている。もう少し近くにも一軒スーパーがあるのだがそこは比較的値段が高めだからあえて少し遠い方へと通っているのだ。
だが遠いといっても家からの距離は片道1kmしない程度の距離だ。成人男性であれば普通に歩いて10分とかからない。

気温も高くなり春らしい季節へと変わってきている。お気に入りの帽子を被り、黒い薄手のブラウスと七部丈の白いパンツといった装いで外へと出る。

歩いてスーパーまで向かう。やはりゴールデンウィークど真ん中ということもあってか普段よりも人通りが少ない。みんなどこかに出かけているのだろうか。

道端に生えているタンポポや、人気のない公園などを眺めながら一人物思いに耽る。

そりゃそうだと納得する。一年で一度のイベントだ。働いてる人であればだいたいの人が休みをとり、家族がいるのであれば家族で旅行などに行くのだろう。ゴールデンウィークまで望んで仕事をする物好きは僕くらいだ。

家族と旅行に行ったのなんて中学一年生以来行っていない。懐かしいことを思い出しながら少しだけ切なくなっていた。

こんな僕でも結婚など出来るのだろうか。好きなことだけして、休みの日まで仕事をし、もし家族が出来た場合ちゃんと家族と向き合うことは出来るのだろうか。
まだ結婚する予定などはまったくと言って良いほどないが、少しだけ将来が心配になる。
だけど僕はまだ今年で23になる歳だ。まだ焦るには早いだろう。

そんな時期尚早な焦りを感じつつも目的のスーパーへと到着する。
さて、ここにきた理由は今日の晩ご飯の材料を買うためだ。特に何を作ろうとは決めておらず、その場で食材をみながら献立を考えようと決めていた。

スーパーの中をブラブラと歩き精肉のコーナーに差し掛かる。今日は豚肉が10%引きのようが。なんとなく豚肉を眺めながら今日の晩ご飯はカレーにしようかなと考える。そう思うと野菜コーナーまで行き必要な材料をカゴに入れる。
その他にも調味料や日用品などを追加し、会計を終える。

食材を袋に入れながら「そういえば咲さんもカレー好きだったな」と思い出す。
咲さんはカレーをルーから作るのではなく、ちゃんとした調味料から作るほどのカレー好きだ。一度だけ会社に持ってきていたものを食べさせてもらったことがあるがとても美味しかった。

別に咲さんがカレー好きだから今日のご飯をカレーにしようと思ったわけではない。ただ連想してしまった、それだけのことだ。

「咲さんは今頃何をしてるのかな」そう思いながら家までの帰路に着く。もしゴールデンウィーク暇してるのであれば一緒にどこかに遊ぼに行きたいな、ただ僕から誘うことはあまり無いし、向こうから誘いが来てないということは何かしらの予定があるのだろう。少しだけ悲しい気持ちになる。

「彼氏っているのかな」そんなことを考えさらに憂鬱な気持ちになる。
咲さんとはあまり恋愛系の話しはしない。普段の会話だとこの前どこどこに行ったや、アニメの話し、お酒の話し、仕事の話しなどがほとんどだ。

どうせまたどこかに誘われるだろうからその時にでも聞いてみようかな。彼氏がいたところで僕と咲さんの関係性が変わるわけでは無いし、別にお互いギクシャクしてしまうといったようなことはない。

あくまで僕らは仕事の上司と後輩といった関係性なのだ。とても仲がいい方ではあるがそれは別に親友といった間柄でもなければ、ましてや恋人といった関係でもない。
少しだけ恋人がいるかもしれないということに恐れは抱いていたが、なぜか咲さんのことになると全てを知りたいという欲が勝ってしまっていた。

ちょうど良い気温なので少しだけ寄り道をしていく。寄り道と言っても近くの公園によりベンチでコーヒーを飲みながら空を見上げているだけだ。

何か物思いに耽ったりしているわけではない。こうしていると自分のという存在の小ささを実感し冷静になれる気がする。
どこまでも続く空の青を眺めながらコーヒーを飲む。ブラックのコーヒーがたくさんのことを考えパンクしかけていた脳をゆるやかにほぐしてくれている気がする。

公園にいたのは15分程度だ。この気温であまり長居しすぎると先ほど買った豚肉が傷んでしまう。少しだけ足早に帰路に着く。

家に帰り早速カレーの調理へと取り掛かる。特になんてことは普通のカレーだ。咲さんのように調味料から作るわけではないし、特別な味付けといったものはしていない。
材料を炒め全体的に火が通ったら水を入れカレールーと一緒に煮込む。途中ご飯を炊き忘れていたことに気づき慌てて炊飯器のスイッチを押したが、今から1時間も待つほど僕の腹の虫は大人しくはなかった。仕方ない、あまり好きではないが早炊きにしよう。

僕は周りの人からよく要領が良い、仕事が早いといっった評価を受けるが決してそんなことは。実際に今回のお米を炊き忘れたように私生活ではその他にも小さなミスをよく犯す。だから周りの僕への評価は間違っているなと感じていた。

誰かに迷惑をかけぬよう自分自身を取り繕いペルソナを被り他者と接する。本当の自分を見せて嫌われたり失望させたくないと、そう思いながら今までやってきたのだ。

だから周りからの評価というのは表面上だけを取り繕った新井田に対しての評価であり、実際の新井田智大という人間を見せたらその評価は一気に落ちるだろうなと考えていた。

いつかはちゃんと自分の本音で誰かと接することができるようになりたい。いつもそう思いながらも出来ずにいた。

あまりこういうことを考えても仕方がない。自分自身の人間性というのはそう簡単に変わりはしないのだから。
そこからは深く考えることはなくカレー作りへと戻る。かといってもうすることもない。あとは焦げないように気をつけながら全体に味が染み渡るのを待つだけだ。

ポケットからスマホを取り出し、カレーの写真をとる。僕は料理が結構好きでよく自分で作ってはその写真をTwitterやInstagramに投稿していた。これもその投稿用の写真だ。煮込んでいる風景の写真をTwitterへと投稿する。内容は簡単だ。

「今日の晩ご飯」ー写真ー

早速ツイートしカレーを眺めながらご飯が炊けるのを待つ。

「明日暇だな。どうしようかな」

予定されていた仕事がなくなったということもあり、明日は1日通して暇なのだ。誰かを誘って遊びにこうにも僕はあまり自分から遊びの連絡をするキャラではない。基本的に向こうから連絡が来るというのが常なのだ。

またスマホを手にとりTwitterを開く。先ほどのカレーのツイートにはいいねが3件来ていた。そのうちの一人は咲さんからだった。たったこれだけのことで嬉しくなってしまう僕はなんて単純なんだろう。

そしてまたツイートをする。

「明日暇なので誰か一緒にランチでも行きませんか?」

普段ならばあまりこういうことはしない。こんなことをするくらいには暇を持て余していた。これで誰かから連絡が来れば遊びに行くし、何も来なければ一人でギター弾いたり読書したりしながら1日を潰そう。その程度の気持ちだ。

「まぁみんな予定あるだろうし、連絡なんて来ないだろうな」

そう思いながらスマホを眺めているとLINEの通知がなった。相手は咲さんからだった。その瞬間僕は自分自身では分からなかったと思うがおそらく満面の笑みになっていただろう。咲さんから送られてきた内容はこうだ。

『新井田のランチパーティーと聞いて』

ランチパーティーって。。。そんなことは一言も言っていない。すぐに返信をする。

『ランチパーティーとは一言も言ってないですねwww』

『確かにそうだねwww 明日暇なら私に付き合って!』

僕はなんて運がいいんだろう。誰かから誘われたらラッキー程度のツイートに対して憧れの人から遊びの誘いが来るなんて。

「やっぱり日頃の行いが良いからかな」

くだらないことを考えながら一人で微笑む。

『もちろんいいですよ!お昼12時に大通り駅集合でいいですか?」

『大丈夫!でも寝坊すると思うから10時くらいに電話して起こしてほしいwww』

『わかりましたwww』

あっさりと明日の予定が決まる。「さて、どこのお店に行こうかな」そう思いながらスマホでおしゃれなお店を検索する。とても楽しみであり少しだけ緊張していた。なぜなら仕事終わりに飲みにいくことや、仕事の休憩中に一緒にご飯を食べることはあっても休日に二人っきりで出掛けにいくのは初めてだからだ。

「どんな服を着ていこう」

明日のことを楽しみに考えつつ、晩ご飯のカレーのことはすでに頭の中から消えていた。

今考えてみるとこの時の咲さんはどんな気持ちで僕のことを誘ってくれたのだろうか。

この時の僕にとっては咲さんが誘ってくれるということは好機でしかなかった。
でもそれは間違いであり、結局のところ僕はただ一人で非好機雲をえがいていただけだった。

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