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【連載小説】止恋〜シレン〜 第3話「1+1=100」part1

行間2

それはとてもとても暖かかった。まるで母の腕に抱かれているような安らぎを感じた。

君の唇はとても冷たく、視線を外すことさえ許さない魅力を反映していた。
スコールのような亜熱帯に、迷い込んだ僕の手は躊躇うことなく、ただひたすらに甘い果実を求めていた。

甘い吐息や、唇から紡がれる官能的な音を端から端まで全て喰らい尽くしたかった。

まるで陶器のように真っ白な君のそれを全て守りたい、そんな思いとは裏腹で僕の行いの全ては君を汚すためにあった。

晴天の青空のもと野原に寝転がっているような清々しさでもあり、満点の星空のもと夜空の星座を眺めているような羨望の眼差しを感じた。

深く突き刺し、恐ろしいほどの優しさを肌で感じる。幸せという一言では拭いきれないそんな感情。

『喚こうものならキスで殺してやる。』

腐り切った性根が本性を見せる。

暗闇から救い出してくれた君を僕は自分の手で深い奈落へと誘ったのだ。どちらが手を引いたなどは関係はない。全ての責任は僕にある。
それしかこの深い罪を償うものがなかったからだ。
たとえ全てを敵に回してもいい。この程度の命ならば幾らでもくれてやろう。
それだけ君という存在は僕の心の中の大部分を占めていた。

全てを知りたい。それだけの欲求で君を僕の色に染めたかった。例えそれが叶わない願いだとしても、今はただこの安らぎを感じていたかった。

第三話「1+1=100」

5月4日。この日は朝から一人クローゼットの前でファッションショーを行なっていた。比喩表現ではなく、実際に僕の中ではファッションショーだったのだ。

「このストールはやりすぎかな」
「ヴィトンのバックは成金趣味だろうか」
「生活を切り詰めてやっとの思いで買ったルブタンも身の丈に合ってないかな」

そんな情けない感情が部屋の中で反響していた。
どうしてここまで悩んでいるのか。なぜなら今日は咲さんと一緒にランチに行く日だからだ。

憧れの女性と休日に一緒に出かけることができるなんて、男なら誰しも気合を入れてしまう。そうだろ?

「やっぱり女性受け狙った清楚系のシンプルな格好がいいかな」

そう思いながら昨日の咲さんとのLINEを思い返す。

『そういえば私新しい服買ったんだよね!』

『どんな服買ったんですか?』

『にっちゃん好きそうなバンギャみたいなやつ笑笑』

『え、見てみたい。写真送ってくださいよ』

『ダメ!せっかくだから明日のお楽しみにしておこう』

咲さんはバンギャ系の服を着てくるのか。決めた、せっかく咲さんがそういう服を着てくるなら僕も派手目のヴィジュアル系ぽい服装で行こう。

僕と咲さんはお互いヴィジュアル系好きということもあって音楽の趣味も合う。
そうなると必然的に服の趣味も合う。それなら似た系統の服装で行くのがいいだろう。
そう思いながら準備をする。

結果どんな服を着ているかというと、まずトップススは下の方が少しダメージ加工のしてあるタンクトップ。その上から襟元にヒラヒラした装飾のついたジャケット。下はいわゆるサルエルパンツをもっとヒラヒラさせてスカートみたいにしたデザインのものだ。

髪型も少し昔のヴィジュアル系のように軽めのスジ盛りを意識した。
男性用コンシーラーを肌に塗り準備は万全だ。

外に出てみると少しだけ風が強めだった。なるべく髪の毛が風の抵抗を受けないようにしながら駅までの道を歩く。
あまり一般的では無い奇抜な格好をしているためか、少しだけではあるが周囲からの視線を感じる。ホストか何かに思われてそうだ。

さて歩きながら咲さんが心配なので一応LINEを入れておこう。午前10時に電話して一応起きていることは確認した。その時は

「んんん〜〜〜。おはよう〜〜。今何時〜〜?」

「今は10時ちょうどですね」

「そっか〜〜〜。ん〜〜〜。これから準備するね〜〜」

こんな感じにとても寝起きでまるで赤ちゃんのような感じだった。
あの人はとても朝が弱いから二度寝して深い眠りについていないか心配だ。

『ちゃんと起きてますか?』

簡単にこれだけ送る。僕と咲さんはかなり仲がいいから上司と言ってもこの程度の連絡で問題ない。そしてすぐに返事がきた。

『ちゃんと起きてるよ!!ちょっとだけ遅刻するかもだけどww』

『わかりましたwwゆっくりで大丈夫なんで気をつけて来てください!』

ちゃんと起きててよかったと、とりあえず一安心。
少し遅れたりするのは問題ない。どうせちょっと遅れてくるだろうなとは最初から予想していた。

最寄りの駅まで着き地下鉄に乗る。ここからは乗り換えなどすることもなく、目的の大通駅までは一本で行くことができる。

ゴールデンウィークど真ん中ということもあり電車の中は比較的空いていた。
空いている席へ座り、向かい側の窓の外を眺めて
ーーーーと言っても地下鉄の中だから特に代わり映えしない黒いトンネルしか見えないのだが、15分ほど待つと大通駅へと到着する。
今の時間は午前11時45分。咲さんは少し遅れると言っていたし、近くのカフェにでもよってコーヒーでも飲んでようかな。そう思いながらスマホを見ると咲さんからLINEが来ていた。

『あ、遅れるって言ったけどちょっと早く着きそう』

『おkです。どこで待ってればいいですか?』

『東改札口にいて欲しい!』

時間より早くくるなんて珍しい。だいたい会社でイベントごとなどがある時も少し遅れて来ているのに。

とりあえず東改札口へ向かおう。僕が今いるのが西改札口だから少しだけ遠いな。僕は方向音痴なのであまり都会の中は得意じゃない。頑張って東改札口への看板を見つけることが出来たので向かう。そしたら咲さんがもう既に到着していた。

「おはようございます。すんません遅れました」

「おはよう。全然大丈夫!私もほんとに今ついたばっかりだし」

「あ、ほんとですか。よかったです。」

「うん、てか今日すごいヴィジュアル系ぽい格好だね」

「咲さんも昨日言ってたみたいにすげえバンギャぽい格好すね」

咲さんの服装はいかにもバンギャのそれだった。首元がセーラー服のようになった黒いトップス。丈が眺めでスカートみたいになっておりちょうど膝上くらいだ。
ーーーーこういうのをワンピースとい言うのだろうか。男の僕には正直種類がよく分からない。
背中には少し小さめの白いリュック。靴はドクターマーチンのブーツといった装いだ。

「そうでしょ。昨日買い物行った時に買ったんだ」

「すげえ似合ってると思いますよ。まあ分かってると思うんすけど俺そういう服装好きなんで」

「ちゃんと知ってた」

「ですよね。とりあえず歩きますか」

そう言って二人で楽しく会話をしながら地下歩道を歩く。
普段であれば人で賑わっている大通駅周辺だがこの日は比較的人通りは少なかった。

「咲さん今日どっか行きたい店あります?」

「ん〜〜。どこでもいいよ」

「それが一番困るんですよね」

昨日の夜に大通り周辺のランチが美味しそうなお店はリサーチ済みだ。だけどやはりどうせ行くなら咲さんが好きな系統のお店に行きたい。
せっかく誘ってくれたんだから、なるべく彼女の好みに合わせたかった。

「まあしいて言うならパスタとか食べたいかな」

「あ、だったら10分くらい歩くんですけど結構良さげなお店ありますよ」

「ほんと?じゃあそこ行こっか」

咲さんの了承を経てお店へと向かう。昨日調べたお店の中にパスタが美味しいと評判のお店があってよかったと、一人心の中で安堵する。

「ゴールデンウィークどう?遊んでた?」

「はじめの方は大学の友達来て飲みとか言ってたんですどすぐ帰っちゃて、そのあとは仕事しようと思ってたんですけど急遽仕事がなくなっちゃたんでぶっちゃけ暇してましたね」

「そうなんだ、私もずっと暇してた。家にいても特にやることないんだよね」

なんだ咲さんも暇してたのか。だったら僕から気軽に遊びの誘いをしてもよかったかもしれない。

「ぶっちゃけ家に一人でいても掃除ぐらいしか特にやることってないですからね」

「まあね、私は掃除もあんまりしてないけど」

「ちゃんとやりましょうよ」

「だったら今度うちに来て掃除してよ」

咲さんが少しだけ頬を膨らませながらそんなことを言ってくる。こういった仕草もいちいち可愛かったりする。

「まったく問題ないっすよ。新井田掃除大好きですから」

「え〜。掃除なんて疲れるだけじゃん」

「そんなことないっすよ、なんか部屋が綺麗になっていくのを見てると快感を感じるというか」

「変態じゃん」

「そういう訳ではないです」

くだらないことを二人で話しながら目的の店へと到着する。

「へー。なんかおしゃれなお店だね」

全体的に木目調の店でカウンターはバーのようになっている。ボックス席にはそれぞれの席の壁に絵画が飾ってあり、落ち着いた雰囲気のある店だ。

「昨日ちゃんと大通駅周辺で良さげなお店調べたんすよ」

「さすが」

二人で店へと入りボックス席へと案内される。お昼時だが店の中は僕たち以外はお客さんは居なかった。

「なんか貸切みたいな感じっすね」

「そうだね、でも静かでいいじゃん」

店内はおしゃれなジャズのBGMが流れており実質貸切状態なので咲さんのいう通り静かだ。
メニュー表を取り咲さんが見やすいようにテーブルへと広げる。

「あ、ありがとう」

「いえいえ」

「うわあ、全部おしゃれで美味しそうだね」

「そうですね。あ、俺これ頼もう」

結構すぐに食べたいものが決まり各自料理を注文する。僕はエビが入ったトマト風ソースのパスタ。咲さんは鶏肉のクリームソースパスタ。他には二人で食べるようのローストビーフを注文した。

「咲さん最近どうですか、仕事とかいろいろ」

「ん〜、まあボチボチって感じかな。でも普通に楽しいよ」

スマホをいじりながら咲さんが答える。もし彼氏などいるなら彼氏と連絡を取っているのだろうかと少しだけ不安になる。

「最近アニメにハマっててさ、ヒロアカめっちゃ見てるんだよね」

「え、マジっすか。俺もめっちゃ好きです。今どのあたりまで見ました?」

「今ね、2期の真ん中くらい」

アニメの話しなどをしながらお互いの料理が来るまで時間を潰す。
時々溢れ出る微笑みや、満面の笑顔が相変わらず綺麗だ。

そんなこんなでアニメの話しや仕事の話し、くだらないような世間話しなどをしていると注文していた料理が出来上がったようだ。

「すっげえおしゃれっすね」

「ほんとだね」

この店のメニューには料理の名前だけ書かれていて写真は載っていない。だから実際に料理が出されるまでどのようなものが来るのか少しだけ不安な気持ちはあったのだが、その考えは杞憂だった。
パスタは盛り付けが丁寧に行われていていかにも食欲を誘うような工夫がある。
ローストビーフは調味料として山わさびやハーブソルトなどがサイドに置かれ、お皿自体もローストビーフ用のおしゃれな皿だなとわかる。

お互いにスマホを取り出して料理の写真を撮る。

「めちゃくちゃインスタ映えですね」

「だよね」

「あ、めっちゃ綺麗に撮れた」

そう言いながら僕はスマホの画面を咲さんの方へと向けて撮った写真を見せ。

「あ、綺麗。でもさ、加工しない方がよくない?」

「あー確かに」

「お店自体綺麗だからたぶん加工しないでインスタ載っけた方がいいかもね」

咲さんにそう言われたので、写真の加工はせずにInstagramへと投稿する。

「なんか俺のインスタ料理の写真ばっかりなんですよね」

「私は自撮りばっかりかな」

確かに咲さんのInstagramやTwitterなどのSNSは自撮り写真の投稿が多い。毎回見ていて思うのだがそのどれもが可愛くて可愛くてどうしようもない。
もちろん化粧や髪型によって雰囲気は変わるが普段の咲さんを知っているからなのか、僕の中での咲さんは綺麗系よりも可愛い系の人なのだ。

「確かにそうっすね。咲さん自撮り上手いですよね。まじで可愛いと思いますよ」

少しだけ恥ずかしさはあったがここは素直に褒めておく。

「そう?ありがとう。照れる」

咲さんもどことなく嬉しそうだ。

「今日の服とかも組み合わせとかよくて、俺がそういう系好きなだけかもしれないんですけど、まじでセンスいいなって思いますよ」

「そんなに褒めてもなんも出ないよ?」

「まじでシンプルな俺の感想ですよ」

会話に一輪の華が咲く。
僕はあまり会話が得意な方ではない。今まで何度も二人で仕事したり、ご飯に行ったりすることはあったがその度に咲さんが主に話しの話題を提供して
くれていた。

少しだけではあるが、今日は僕が彼女のリードできているような気がして浮かれていた。

第3話「1+1=100」part2へ続く

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