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ぼくの名前は茜3

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四月、桜の花も終わり、新緑がまぶしい季節になっていた。街路樹は、萌黄色に光ってみえる。

 うちの庭も、サーモンピンクのジャーマンアイリスの花が満開だ。誇らしげにこっちを見ている。
 ある時、ぼくたちの家に、1人のお客様がやってきた。その人は、ぼくたちのしつけを教えてくれる先生だった。先生は、ぼくたちのご主人様と、なにやら話をしているようだ。
 しばらくすると、ご主人様がやってきて、ぼくと黒太の首にリードをつけた。
 ぼくたちは、外に行くのが大好きだから、うれしくなってうさぎみたいにぴょんぴょんはねた。黒太は門の外へとび出した。ぼくは遠くに猫をみつけて追いかけようとした。
 ご主人様はその時「こっちこっち」と、やさしく言ったのでぼくたちは、いっしょに遊んでくれると思って、ご主人様の足に飛びついた。
 すると、とつぜん「まて!」と言う声がしたかと思うと、首に巻きついたリードが、ぴんとなった。ぼくたちは、びっくりして止まった。
 先生が、ぼくたちが気付くように「ぐい」とリードをひきよせたのだった。
「この子たちは、しっかりしつけないと、大きくなって大変なことになります」
と、この時ご主人様は先生から言われた。
「えっ?ぼくたち大変な事になるの?」
と思ったけど、何が大変になるかなんてわかるわけがない。
 ご主人様はしばらく先生と、お話をしていた。ご主人様は、ぼくたちのことを、毎日かわいがってくれたから、ぼくたちのために、しつけの勉強をさせたいと思ったようだ。
「かわいい子には旅をさせよ」っていう、あれだ。
 警察犬を15頭もしつけている先生のことばに、ご主人様は従った。
 なんと4ヶ月もの間、ぼくたちは、先生の家にお泊まりでしつけてもらうことになった。
 2匹一緒に行くとご主人様が寂しいので、ぼくがさきに行くことになった。ぼくが4ヶ月終わったら、黒太の番になる。ご主人様は、これを「留学」って言ってた。ぼくは生まれて7ヶ月めで「留学」したんだから、すごいと思う。
 それにしてもご主人様は、思いきったことをしたものだ。
 黒太とぼくと両方の留学期間が終わり、家にもどった時には、街路樹のいちょうがすっかり黄色くなっていた。そしてぼくたちの生まれた日、10月15日を過ぎていた。
 しつけの留学が終わり、一才になったぼくたちは、先生のことが大好きになっていた。きびしいけど、たくさんほめてくれたから。
 久しぶりのご主人様の家は、なつかしい匂いがした。
 ぼくたちの寝るハウスが置いてあるリビングは、いつもおいしい匂いがする。おいしい音もした。野菜を切る音だ。トントンと音がするとぼくたちも、大根やにんじんを、ちょっとだけもらうことができる。これがコリコリしておいしくて、リビングで遊ぶ楽しみのひとつとなった。
 留学から帰ると、ぼくたちは、新しい目標ができた。ご主人様と一緒に「競技会」に出ることだ。
 そしてそのための訓練がはじまった。
 訓練は、エサをもらうときの「おすわり」とか「お手」とは少し違っていた。まずはじめに、「待て」と「来い」を練習した。
「待て」といわれたら、どんなにおいしいものがあっても、目の前に気になるものが現れても、その場をはなれてはダメなんだ。
 でも「来い」と言われたら、すぐにご主人様のおひざに向かって走っていって乗る。
 はじめは、できた時にごほうびのおやつをもらうけど、ごほうびがなくても大丈夫になるまで訓練する。
 毎日まいにち、ご主人様と一緒にに練習した。1週間の終わりには、留学先の先生のところまで、出来ばえを見てもらいに行った。
 「待て」「来い」他に「だっこ」「座れ」「伏せ」といくつかがあった。
 「来い」と言われたら、ご主人様のところまで走りよって座る。次の「来い」で、ご主人様のひざの上に乗る。ピッタリ息が合うと、ご主人様がにっこり笑う。
 リードで歩くときは、ご主人様の左足の横にピッタリついて歩く。ご主人様より前に出てはいけない。ご主人様の目を見て歩く。
これがとてもむづかしくて、何回も何回もやり直した。
季節は、また桜が咲く春になった。


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