日本アルバイト紀行――宣言――


 旅とは何か。見知らぬ場所に行き、様々な人と出会い、いろいろな体験をすること?もしそうだとしたら、アルバイトも旅ではないか?

 そう考えた僕は、学生時代、数多くのアルバイトをした。1つには、自主留年するに当たって、親を説得するために1年分の学費を貯める必要があったからだ。もう1つは、あまりに経験不足の自分を鍛えたかったという目的もある。とにかく、自由度は低いが、金をもらって体験できる旅をしようじゃないか、と思った。

 条件は2つ。まず1つのアルバイトに依存しないこと。「ここしかない」となって、経済的に依存すると、自由がきかなくなる。塾講師のように、効率がいくら良くても、自由度が低くなると、他のやってみたいバイトを逃す可能性が高くなる。そこで複数のアルバイトをかけもち、条件によって選べるように準備した。

 そうはいっても、できるだけ時給が良いこと。生活がかかっているから、割が悪いとそれだけ働く時間を増やさざるを得ず、結果的に自由度は低くなる。基本は時給1000円以上。ちょうどバブル経済のまっただ中で、もらう側すら首を傾げるほど割の良いアルバイトもあった。幸運だったとしか言いようがない。

 結果、僕はいろいろな場所を見ることができた。マネキンだらけの織物工場だった倉庫、クレジットカードの督促現場、ホテルの裏側、草津のリゾートマンション、吹奏楽部の演奏会が開催されている他目的ホールを見た。原子力発電所のための人体実験なんてのもやったなあ。勤務先の大学に対する愚痴をこぼす技官や「人間、行き着くところは共産主義だ」とうそぶく配膳人、「一番ばかなのは次の就職口を見つける前にやめるやつ」と断言し、その後中国人の女性と結婚した人もいた。怒鳴られ、酒を飲み、恋をした。

 そう、やりようによっては、アルバイトはお金をもらってする旅になる。

 これから書くのは、そんなアルバイトという旅の紀行文である。

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