罪と罰日記 6月29日 まるで「池中玄太80キロ」

フュードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキーの「罪と罰」を少しずつ読む度に、少しずつ感想を書いていく日記(2008年に書いたものです)。

 ロシア文学だから共産主義——と思い込んでましたが、ドストエフスキー、むしろ反極左だってことが判明。

 第5部の冒頭は、主人公ラスコーリニコフの妹ドゥーニャ(これは実は愛称。本名はアヴドーチヤ。ちなみにドゥーネチカと呼ばれることも。ああ、ややこしい)から婚約を破棄された哀れなルージンが、ペテルブルグ滞在中に居候しているレベジャートニコフの部屋での対談です。

 いやあ、「罪と罰」。ほんとに登場人物が喋り続ける。
 登場人物同士の対話で成立しているような小説です。

 このレベジャートニコフが、実は極左中の極左。宗教や慣習、男女の差などを一切認めません。
 「若手の進歩派のちゃきちゃきとして、よく話題にのぼる現実離れした一部のサークル」に所属しているんですが、ドストエフスキー、ルージンの視点を通してこの左翼を「おそろしく低俗で、頭の鈍い男」と表現してるんです。

 ラスコーリニコフ以外の男性はことごとくぼろくそに言われがちな「罪と罰」にあって、レベジャートニコフは筆頭です。

 「やせこけた、腺病質の小柄な男で、髪の色が奇異な感じのする程白っぽく、頬にはハンバーグ・ステーキ状のひげを生やし、それをたいそう自慢にしていた。おまけに彼は、年中眼病を患っていた。もともとはかなり気の弱い方なのに、しゃべられせると自信たっぷりで、ときによると傲慢不遜なぐらいになり、それがまた貧相な風采と対照的で、たいていの場合、滑稽な感じになってしまう」

 友だちになりたくないな。
 この哀れなレベジャートニコフが、次なるエピソードのキーパーソンになるとは。

 彼、実はソーニャが好きなんです。
 ラスコーリニコフが助けた退官職員のマラメードフの娘です。
 マラメードフは馬車に轢かれて死んだんですが、その葬式の費用などを、おひとよしのラスコーリニコフが出してやったんですね。

 ルージンは、このソーニャを陥れてたちの悪い娼婦だという評判をたてようと狙います。
 なぜか。
 ソーニャが悪人であれば、その悪人に金を渡したラスコーリニコフと、その金を仕送りした母親と妹との関係が悪くなり、ソーニャを悪人と糾弾したルージンの立場が改善されるからです。なんと遠回しな。

 そこでルージンは、ソーニャをレベジャートニコフの部屋に呼び出し、いくばくかの金を与えた後、ソーニャが気付かないうちにそっとポケットの中に五分利付き債券を忍ばせるのです。

 さて、マラメードフの葬式会場に現れたルージン。 
 早速、大勢の見ている前でソーニャに金を返せと追及します。
 愛する娘の無実を信じた怒りっぽい母、カチェリーナがポケットをひっくり返すと、あら不思議、ルージンが言った通り、五分利付き債券が出てきます。

 驚愕するカチェリーナ、ソーニャ。
 不適に笑うルージン。

 が、しかし、バット、ハウエバー、「ハンバーグ・ステーキ状のひげ」(どんな髭なんだろう)を生やしたレベジャートニコフが「ちょっと待った」とねるとん紅鯨団で張り切る男のように飛び出します。

 よくも僕をだましたな、僕は見てたんだ、あなたがそっとポケットに五分利付き債券を入れるのを。僕を証人に仕立てて、皆をだまくらかそうとしたんだろうが、そうはいかないぞ。僕が見てたことに気付かなかったのだろうが、僕は見てたんだ。

 えらい!おそろしく低俗で、頭の鈍い男。
 せっかく遠回しにラスコーリニコフ一家を引き裂こうとしたルージン、立場がない。

 愚かで哀れなルージン(ユダヤ人ってことでかなり必要以上に醜く描かれてます)を追いつめるときの痛快さ。
 そう言えば、テレビドラマ「池中玄太80キロ」で、次女の未来が盗みの濡れ衣を着せられた挿話を思い出します。
 「未来が盗んだ」と主張する家まで押し掛けた玄太が、テレビの裏側か何かから、未来が盗んだとされるモノ(何だか忘れましたが)を発見した玄太が、その家の親父を怒鳴りつける場面の痛快さと感動。
 それに近いものを覚えました。
 
 さて、怒りに震えるカチェリーナを後に、ラスコーリニコフは愛するソーニャの住居へと向かうのでした。
 岩波文庫版下巻103ページ。一家の崩壊を防ぐことので来たラスコーリニコフの運命やいかに。

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