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この週末、僕は辛ラーメンを買う。祖父との思い出

祖父が亡くなったのは、よりによって僕の誕生日だった。
朝起きて父親から電話があったので、「この歳になって、誕生日に電話、しかも朝からなんていつまで子どもだと思っているのだ」と思いながら、その電話をとった。

「お義父さん、死んだよ。ベッドの中で。今日会社休める?」とボソボソと父親が話した。
僕は前の記事にも書いたけれど、若い頃に母親を亡くしている。それ以来、母方の祖父母と父親と僕は暮らしていた。今では僕もその家を離れて暮らしているので、父親は義理の両親と暮らしていたのだ。(仲はとても良かった)

「うん、休めるよ。金曜日だし、そのまま連休になるから実家でゆっくりさせてもらう。もうスーツを着て準備をしていたから、そのままスーツで行くね。」と答えた。
車で向かおうと思ったけれど、何となく電車で実家の駅に向かうことにした。
僕はその週末にDISCで買おうと思っていたGLAYのニューアルバムをダウンロードして、駅へ急いだ。

祖父は近所では名物おじいちゃんだった。僕はそれがすごく恥ずかしいこともあった。巨人が負ければ近所に聞こえるほどの大きい声で怒り、酒を飲む。
僕が近所の友達と公園で野球をやっていると乱入してくる。しかも、意外と上手でホームラン級の飛距離を放った。
そんな祖父との思い出を振り返りながら電車に乗った。途中、元妻の実家の駅を通過した。

祖父に離婚を報告した時、「高い勉強代だったな。だけど、たくさんの人が経験することじゃないから良かったね」と話した。それを思い出して、僕は電車の中で堪えきれず涙した。周りから見たら、何か音楽を聴きながら泣いてる男に映っただろう。
ちなみに、ずっと祖母には「あいつはいつ再婚するかな、あいつは1人じゃダメだ」と話していたらしい。

通夜、葬儀は呆気なく終わり、生前から祖父は「俺の死体を囲んでみんなでガンガン飲んでくれ」と言っていた。
僕のオバさん(僕の母の姉妹)がそれを思い出して、「よし、飲もう!」と言った。
その中で、父親が「そういえば、お前の誕生日だったな。そんな日を命日にするじいちゃんはやっぱり変わってるな」とみんな泣きながら笑った。

そんなことがあったのが半年前。その後、コロナが広がり、あらゆる法要の行事をやめて、お坊さんがお経を読むこともご遠慮させてもらった。

そして先日、姉から一通のLINEがきた。

「久しぶりに実家に寄りました。おじいちゃんの仏壇に辛ラーメンを置いておいたよ。あなたが中学の頃、いつも2人で食べてたでしょ?また実家に寄ったら、その辛ラーメン食べていいからね。」というものだった。

辛ラーメン…確かに食べていた、いつもじいちゃんと。
そんなことすっかり忘れていたのに、姉はそのことを覚えていたようだ。
祖父は僕にいつも「辛ラーメンはこの辺りじゃ、リカーマウンテン(酒屋チェーン)でしか買えないからな!」と話していた。酒好きの祖父は、お酒を買いにいく口実を作るために、僕にリカーマウンテンに行きたいと言わせようとしていたのだ。中学生の僕はまんまと騙されて、「辛ラーメンが食べたいからリカーマウンテンに行こう!」といつも誘っていた。

祖父は韓国のことが好きでは無かった。それはやはり戦争のことが関係していて、僕にいつも戦時中のこと、日本にいた韓国人の子のことを話した。僕はそれを何となくでしか聞いていなかったけれど、僕が今韓国ドラマにハマっているのを知ったら驚くかもしれない。
そんな祖父も「これは美味い。韓国もやるじゃないか」と話していた。辛ラーメンは果たして韓国製なのだろうか。(多分違う)
「じいちゃん、韓国のことあまり悪く言ったらいけないよ?僕の好きなGLAYもグローバルコミニケーションって言う歌を歌ってるし」と話しながら辛ラーメンを2人で食べたことを今更思い出している。

この週末、僕は辛ラーメンを買う。

姉が置いておいた辛ラーメンは父親が何も気無しに食べてしまったとのこと。
僕はやれやれと思いながら、自分で買いに行くことを決めた。
今ではスーパーやドラッグストアでも買える辛ラーメンをあえてリカーマウンテンに買いに行くつもりだ。

辛ラーメンを食べながら、祖父のことを思い、ひょっとしたら泣いてしまうかもしれない。

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