私の甥っ子

彼は44歳になった。ある航空機内のキッチンやトイレなどを製造する会社に勤務している。
勤続20年になる。いくつかの会社を歴てそこへ辿り着いた。そこへ行くようになった頃企業の門戸が開かれ始めた感がありそれまではなかなか大変なものがあった。
現在でも直接関わられる指導者的存在の人がどんな人であるかで、彼のそして家族の毎日が左右される。
それが一番の精神生活を左右する問題なのだけれど、社長の生き方?価値観?までもが彼ら障害者にダイレクトに影響する。
甥(K)の仕事は工場内の清掃なのだが、それはある意味趣味に近い部分があり家庭においても夏と年末の大掃除は彼の担当で、羨ましくなるほど丁寧で清潔なお掃除っぷりだ。我が家にも欲しい。
今も時々パニックを起こすが、そこには必ず理由がある。
起こさせる人がいるのだ。
彼らにも勿論メンツやプライドがあるのだけれど、それを理解する人は少ない。
しかも一言に自閉症と言ってもそれぞれに特徴や個性があって、自閉症の関わり方は一定ではない。
よって当然他の障害を持つ人たちもそれぞれに違う。
ただどんな人かを理解すれば、健常者よりも付き合いやすいかもしれない。理解されさえすれば、至って単純と言えるかもしれない。
ところが大抵の人がその特徴を直させようと関わってくる。
結局ここでも常識意外何も考えない人たちが邪魔になってくる。
邪魔になるという感覚は私の感覚だ。私は日頃から常識を掲げている人を邪魔だと感じることが多い。差別のように聞こえるかもしれないが、私はその人たちが自分の分だけをそうしてくれるのなら何も不満には思わないが他者の部分にも平気で立ち入り押し付けてくるからなのだ。
常識を神のように敬い信仰しているから、邪魔だと思うのだ。自分の分だけにして欲しい。

私のことはいいとして、この人たちはKの障害を治そうとかかってくるのだから本人も家族もたまったものではない。何年かに一度交代があるがその度にその人が我慢できないのであろう部分に執着し始めるのだ。
こうなると彼はパニックを起こす。担当者が引き金になっていることなど思いもしないだろう。分かっているこちらからすれば、どちらが障害者だか分からない状態だ。
与えられた仕事をきちんとしていれば働き人としたら何の問題もないはず。性格や特徴的な行動さえ気にしないで貰えればどちらにとっても平和なのに、そんなことは通用しない。
ここにも【個を大切にする】という問題が大きく関わってくる。本当に一人ひとり違うのだから常識は役に立たないのだということを学んで欲しい。
しかも常識を大上段に掲げている人たちだって、そこそこの場所(地域)や場面で違ったりしているのだ。
Kは真面目で規則が好きというくらい規則正しい生活が壊されることの方が大変なのだから、臨機応変を求めても無理なのだということさえ理解されれば、本当に使いやすい部下になる。
家庭においても仕事が終わりある決まった場所から「何か買って帰るものありますか?」という電話が毎日あり、助かることが多いと言う。ここ数年は頼まなくてもなくなっているのを姉が気づかないでいると買って来るそうだ。例えばトイレットペーパーなど。
最初にそれがあったときは驚いたそうだ。「なくなってました!買ってもいいですか?」と言われて「あーー、そうだった忘れてしまってたのー、Kありがとう!!」と言うと決まった言葉「どういたしまして!」と言う。目に見えるように想像がつく。【個を大切にする】文化が当たり前になれば、様々な問題が自然に解決してしまう(老人、認知症)という事がたくさんあると思って胸を掻きむしるような思いがある。

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小学校高学年の頃私は【本当のことが知りたい…】という思いが強く人の言葉の奥に隠された本当のこと…。 ふとした態度の奥に隠された本当のこと…。表情の奥に隠された本当の気持ち…などなどそれは半端ではない強さで私の中に存在していて私を悩ませていました。60年も前からの話です。
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