見出し画像

紫光は星空の彼方へ 二章 3話

 グレモリーが指を一つ鳴らすと、まとわりついていた炎が一瞬にして消え去った。
 グレモリー自身にダメージは見受けられないが、駱駝を倒せたのは大きいだろう。これで、グレモリーは地に降りて戦わなければいけない。カルトの注意を向ける相手は、二体から一体になったのだ。
(長引かせればこっちが不利。だから、決める!)
 カルトはグレモリーに走り寄る。距離にして数メートル、常人では視認することさえ困難なスピードで動けるカルトは、まさに光のごとき踏み込みでグレモリーの懐に飛び込んだ。グレモリーの視線がカルトに注がれる前に、マクシミリオンの二メートルを超す刃は薄い胸を貫いていた。纏っていた紅蓮が内側からグレモリーを焼き尽くす。
「獲った!」
 グレモリーはカルトの早さに反応さえ出来なかった。会心の笑みを浮かべるカルト。しかし、その笑顔も三秒と経たずに凍り付いた。炎にショールが巻き上げられる。ショールの下にあった物、それは衣服でもなければ褐色の肌でもない。光さえも飲み込む闇だった。
 カルトはマクシミリオンを引き抜くが、帯びていた紅蓮は意志とは正反対に闇の中に吸い込まれた。
 ヤバイ。直感的に感じたカルトは、追撃の二文字を頭から消し、後ろへ飛び退いた。予測通り、グレモリーは両手を広げるとその手に禍々しい炎を生み出した。それは、紛れもなくカルトが先ほど使った紅蓮だった。ただし、グレモリーによって若干パワーアップしているが。
 激しい炎がカルトを飲み込むように迫る。紅蓮の炎に一条の光が走った。マクシミリオンが紅蓮を切り裂いたのだ。マクシミリオンに斬られた炎は、緑色の粒子となって拡散した。
 胸に込み上げてくる吐き気を堪えつつ、カルトは切っ先をグレモリーに向けた。僅かな時間だったが、グレモリーの力は見切った。恐らく、カルトが当初設定していたよりも、若干強い程度だ。戦い方は謎だったが、それもこれで判明した。
 グレモリーは相手の魔法を奪い、それを自らの魔法として使用する。だが、グレモリーの力でもっとも注意すべき点は、胸にあるあの闇。あの闇は、マクシミリオンの刃さえも飲み込んでしまったのだ。
 カルトはグレモリーから僅かに視線を逸らし、セリスを伺う。彼女は、腕を組んでカルトの戦いを見物している。恐らく、彼女はカルトがどうやってグレモリーに対抗するのか見ているのだろう。助言は全く期待できない。彼女が登場する場合は、カルトがグレモリーに負けた時だけだ。
 グレモリーは動く気配がない。彼女自体の攻撃力はさほど強くない。油断していなければ、カルトも此処までダメージを受ける事はなかっただろう。ならば、グレモリーはカルトが動くのを待っているのか、それとも……。
 カルトがもう一つの事を考えた時、目の前でそれが起きた。切り落とし、炎で焼かれた駱駝の首と前足が砂になっていた。駱駝の切り口からサラサラと砂が逆流し、首と前足を形成していく。
(なるほど。コイツは鏡か。自らは殆ど動かないカウンタータイプ。だけど、一瘤駱駝は突進型か………予想外だったな)
 正直言って駱駝を戦力と見ていなかった。ゴエティアには一瘤駱駝に乗って現れると書いてあっただけだ。人外魔境で生まれた一瘤駱駝もどきとは想定外。これでは、一対二で戦っているような物だ。
 駱駝が完全に復活する前にカルトは動いた。グレモリーの放つ閃光をかいくぐり、マクシミリオンを頭に振り下ろす。しかし、グレモリーの掲げた右手がマクシミリオンを受け止めた。マクシミリオンの刃は、グレモリーの龍因子によって阻まれていた。
 マクシミリオンも魔法も効かない。そうとなれば、残された方法はそれほど多くない。数ある引き出しから、カルトは最良と思われる物を選び取る。
「しょうがない……明日は学校を休むか。ただでさえ出席日数がピンチだってのに」
 膨大な量の龍因子を発生させる。
 胸に空いた闇に魔法が吸い取られ、利用される。それは、闇が別次元に繋がってはいないと言う事だ。あくまでも、あの闇はグレモリーの一部なのだ。しかし、その容量がどれほどか、魔法を撃ちまくって確かめるのは余りにも非効率すぎる。
 ならば、単純に龍因子を嵩上げし、マクシミリオンの切れ味自体を上げるほうが効率が良いし確実だ。マクシミリオンはその性質上、龍因子をどれだけ入れるかで切れ味が違ってくる。使用者の力に合わせ、常に最良の切れ味を提供してくれる。弱ければ弱いなりに、強ければ強いなりに、だ。それは、マクシミリオンの長所でもあるし、短所とも言えた。
 カルトの龍因子はハンターの中でも一二を争うと言われるほどの量だ。その量は、師であるセリスを遙かに上回る。龍因子を全て動員すれば爆発的な力は得られるが、肉体の方が持たない。龍因子での肉体強化には限度がある。しかし、カルトは限界を越え、肉体から龍因子の緑色のオーラが立ち上るまで高めた。
 マクシミリオンが、龍因子を感じ取り力を増す。
 一瘤駱駝の再生が終わった。駱駝は炎の息を吐きながら、首を激しく上下させた。駱駝が怒り狂っている、それだけは理解できた。
 長時間の戦闘ではこちらが不利になるだけだ。勝負は一瞬。
「これで終わりだ……!」
 カルトが駆け出すのと、グレモリーが動くのが同時だった。
 龍因子を吸収し、これまで以上の力を纏ったマクシミリオンが、一瘤駱駝の吐き出す炎もろとも首を再び切り払う。そのまま、カルトは駱駝とすれ違うようにマクシミリオンを走らせる。
「消えろォ!」
 グレモリーの放つ閃光が、右肩を撃ち抜いた。弾け飛ぶ血と肉で、視界が一瞬赤く染まるが、カルトは怯むことなくマクシミリオンを振り抜いた。
 駱駝は上下に分離し、乗っていたグレモリーも上半身と下半身を分断された。
 グレモリーから離れたカルトは、体の状況を見てゾッとした。
 右肩はヤバイ状況だった。全く動かないどころか、プラプラと所在もとなそうに動き、今にも千切れて落ちてしまいそうだった。痛いで済む怪我ではないが、悲しいかな、ハンターという職業をやっていると、この手の怪我には慣れてきてしまう。
 マクシミリオンを左手に持ったカルトは、倒れたままこちらを見上げるグレモリーに歩み寄る。相手は第三種生命体。首を切り落とされても時間が経てば修復されてしまうのだ。
 グレモリーの様子を注意深く観察したカルトは、グレモリーに戦う意志がない事を見て取った。捲れ上がったショールの下には、もう闇はなかった。そこにあるのは、褐色の滑らかな肌に、控えめな乳房。
「トドメだ」
 マクシミリオンを掲げたカルトは、何の感情も示さない赤い瞳を睨み付けると、眉間に白銀の刃を突き立てた。
 グレモリーは悲鳴も上げずに自らの敗北を認めると、砂となってこの世界から消えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?