声 Ⅰ

 二分もかからず読めます。577文字です。


 親が嫌いだった。

 父親からはことある事に殴り付けられ、母親はそれを見て泣いているだけ。

 悪鬼のような父。泣き女の母。

 頼りない母だったが、優しかった。いつも自分を気に掛けてくれていた。

 高校卒業と同時に地元を離れ、就職した。結婚もして子供もできた。

 地元には殆ど帰らなかった。

 五年前、父の葬儀に一度だけ帰った。

 母は小さくなっていた。年老いた母親は、自分を見て泣いていた。父が死んだからか、それとも、久しぶりに会ったからなのだろうか。

 父がいなくなっても、やはり田舎には帰らなかった。あの土地にいると、父から受けた暴力が甦ってくる。だから、好きではない。

 母親から、何度か電話があった。

 話をする度、母親が弱っている事が実感できた。

 いつか、子供を連れて帰ろう。

 そう思っていた。

 暑い夏の日。

 自分は二階の書斎で読書をしていた。

 開け放たれた窓から聞こえる、蛙の鳴き声。

 扇風機が心地よい風を運んでくる。

「さとる!」

 階下から声が聞こえてきた。

 母親の声だった。

 驚いて降りてみるが、母親の姿はない。

 嫁はそんな声は聞こえなかったと言っていた。

 翌日、叔父さんから電話があった。

 昨夜、母が倒れて、そのまま亡くなったそうだ。

 亡くなったのは、ちょうど、声が聞こえた時と一致した。

 会いに行かない息子に、母が会いに来てくれたのだろうか。


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