医療従事者だって人の子なんです

目の前の患者さんを1人でも救いたいー

そんな使命感と誇りをもってこの仕事をしてきた。私はとある病院の看護師だ。

感染の危険性とすぐ隣り合わせになった今も、この仕事を選んだことに後悔はしていない。夜勤をすれば飲まず食わずで朝まで休めないことも今では珍しくなくなった。家に帰ったら倒れるように眠って、目覚めたらまた仕事に行かねばならない―そんな日々だ。

疲労で倒れるのが先か、コロナで倒れるのが先か、精神的にもかなり追い詰められた。それでも自分ができることが目の前にあって、どんな厳しい状況下でも誰かのために役に立てる…それが自分の仕事だ。別に偉いことでもなく、尊いことを言うつもりもなく、ただそれが自分の選んだ仕事である。

仕事を奪われた人もいる。今まで当たり前だった生活ができなくなっている人もいる。いろんな意味であらゆる人が困難に立ち向かっている。つらいのは自分だけではない。むしろ、私にはまだ仕事もあって生活の場も変わっていない。多忙で体力的には疲弊しているが食べていられるし、眠る場所もある。常に感染の危険性はあるし、精神的にも張りつめているけれど、応援してくれる人もいるし感謝してくれる人の言葉が支えてくれる。幸い、まだ私は元気だ。

そう思っていた。

自分がいつ保菌者になるかわからないので実家の母にもしばらく遊びに来ないでほしいと言った。何度も心配して連絡してくる母は「患者さんの命も大事だけど、私はあなたの命が誰より大事です。あなたは患者さんの命を救おうとしてるけど、あなたの命を救いたい私はなにもできないのが辛い」と言ったのを聞いて、電話を切ったあと声をあげて泣いた。

医療従事者だって人の子です。家族もいるし、大切な人もいる。何かあればその人達を悲しませることになってしまう。

誰かの命を救いたい

けれど親不孝にはなりたくない。親を悲しませるためにこの仕事をしてるわけではない。むしろ親に何かあった時に力になりたくてこの仕事を選んだのに…なぜ私はまだこんなに親に心配をかけてしまっているのだろう。

貴方の娘に生まれてきてよかったと何度も思った。だからこそ、貴方に私を産んでよかったと思ってほしいと願っている。看護師をやっていることを何より喜んでくれたのも母だった。

私は自分の身も守らなければならないと改めて思う。どうか同じ医療従事者のみんなにも同じように自分の身をまず守ってほしいと言いたい。そのための最大限の努力をしてほしい。この厳しい状況下の中でそれはとても困難だけれど、重要なことだ。

たった1ヵ月で生活は一変した。

ショッピングセンターから明かりが消え、スーパー以外の店に人も車も姿を消した。GWだというのに町はまるでゴーストタウンのように静まり返っている。

誰がこんなことになると予想しただろうか。いや、ちゃんと予想してる専門家はたくさん居た。それでもまだ1ヵ月前はショッピングセンターにも人があふれかえり、マスクをしている人も半分にも満たないほどだった。

諸外国で感染が広まり、医療現場は疲弊していた。家にも帰れず、疲れ果てた医療従事者達が防護服のまま倒れるように床に座りこんだまま眠っている―そんな映像をよくTVで見た。

明日は我が身かもしれない―と思う反面、それでもまだ対面の火事のようにその映像を見つめていた1ヵ月前の自分の頭を叩いてやりたい。もっと危機感を持て、他人事なんかじゃないぞ、と。

他人事なんかじゃなかった。1ヵ月前にTVで見たその地獄絵図は今まさに目の前で起きている。

最初の異変はサージカルマスクの不足だった。まあ足りなくなるだろうと予測はしてた。午前と午後で付け替えていたサージカルマスクは「1日1枚の使用」に制限されたかと思ったら、それから1週間もたたないうちに「3日に1枚、汚れてなければ1週間に1枚」に変更になった。マスクの箱の横に名前を書く板が置かれ、署名式でマスクをもっていくことになった。

それでも医療機関にはせめて優先的にサージカルマスクが入ってくるはずだと信じていた。だってこれがないと仕事にならないじゃないか。

ところがサージカルマスクが補充されるどころか、事態はもっと悪化していった。手指消毒用アルコール、アイソレーションガウン、ゴーグルのフィルム…そしてN95マスク…。感染対策委員会から「各処置ごとにアルコール消毒剤を使用するように」と言われていたのに、「節約して使用して!」といきなり方針が変わったかのような指示がされた。今まで当たり前のように使い捨てで使用していたPPEが再利用となった。N95マスクは再滅菌して2回まで使用していいと厚労省のHPに載った。

愕然とした

そして毎日のように「院内感染」のニュースを目にすることになった。それも「対岸の火事ではない」と実感するのはあっという間だった。もう他人事だなんて思ってる猶予はなかった。県内でも院内感染が起きてしまったのだ。当初、当院では受け入れも検査もしていなかったが、方針は日々変わっていく。陰圧室も集中治療室もあっという間にいっぱいになった。

ある日、突然A病棟の患者さんがそれぞれ別の病棟へ移動させられた。A病棟をコロナ専門病棟にするための措置だった。A病棟の看護師たちは突然自分たちの意思とは全く無関係にCOVID19に感染した患者さんの病棟の看護師になった。

エレベーターのボタンはA病棟のある階のボタンが板で隠され、押せなくなった。外来は患者トリアージを行い、発熱がある人は正面玄関から入れなくなった。もちろん職員も毎朝検温、健康チェックが義務づけられた。

N95マスクを装着し、防護服、手袋などのPPEを身につけての処置はかなりの体力を消耗する。全身汗まみれになり、酸欠に近い状態になる。日々増えていく感染者…看護師の負担はどんどん大きくなっていく。

看護協会は休職している看護師の復職を呼び掛けているとニュースで聞いた。だが、現場の人手不足は一向に解消される気配はない。正直、辞めたがってる人も多い。人が足りなくなればますます残された人の負担が増え、更にみんなが辞めたくなってしまう。負の連鎖が起きてしまう前に何とかしてほしい。

そんなある日、B病棟の患者が他の病棟に移動することになった。そしてB病棟の看護師がA病棟に異動になり、コロナ感染病棟のスタッフが増員となることが決まった。

B病棟はしばらく閉鎖である。コロナ病床を増やすのではなく、コロナ病床で働く看護師を増やすために1病棟を閉鎖するという措置である。

足りないのだ。マスクや防護服だけでなく、医療従事者そのものが足りない。もし院内感染でも起きればそこに関わったスタッフ全員が自宅待機になる。そうすればまた人が足りなくなる。幸い、まだ院内感染は起きていないが、もう既に医療現場はぎりぎりの状況下である。なんとしてでも院内感染を起こすわけにはいかない。

緊急事態宣言が延長された。まだしばらくはこの自粛が続くようだ。

感染者はまだ増えている。気は抜けない。でもいつまでこの状況が続くのだろうか―。経済的な問題も心配だが、医療現場だけでなくあらゆる場所でいろんな人が限界と戦っているんだと思う。

どうか自分の命を守るための最大限の努力を。ひとりひとりがその努力をすることで救われる人がいる。

この異常な現実の中で立ち向わなければならない医療従事者に、感謝や拍手を送ってくれる方の心が支えになってくれる。

けれどそんな私達も人の子である。大切な誰かを守るために自分も守らなければならないということを忘れないでほしい。私も忘れないようにしたいと思う。

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