アストンマーティン・ラピードを丸一日運転させてもらった
機会があって、友人が大変気に入って乗っているアストンマーティンのラピードという車をご厚意で丸一日運転させてもらった。中々無い体験だと思うので思った事をメモしておこうと思う。
ラピードという車はアストンマーティンの中でも珍しい車種で、2ドアが主流のメーカーの中で4ドアスポーツカーというパッケージング。幅は1929mm、長さは5019mm、高さ1360mm、車重1950kgの大柄な車体で、この前期型は477馬力を発揮する5.9リッターV12エンジンをフロントに搭載し、後輪を駆動する。
そういったスペックシート上の数字から想像していた車のイメージはなんとなくハードルが高そうで、乗りこなすのは自分には難しそうだなという先入観があった。
しかし、いざキーを渡され、V12エンジンを始動させ、シートポジションを合わせ、乗り始めてみるとそんなイメージはアクセルの踏み始めの時点で払拭されたからびっくりした。
自分が普段乗っているエリーゼは純正バケットシートと小径ステアリングで身体の真ん前の近距離でグイグイと重ステを回していく車で、もう一台のジュリエッタは真逆で大柄なステアリングを快適なレザーシートからなんとも言えない遠さで大きくクルクルと回していく車。2台ともブリティッシュとイタリアンの両極端の癖が色濃く出ている。
そんな癖の強い2台に慣れた体でラピードの運転席に座ったのでどうなる事かと思っていたのだけど、これがあまりにしっくりくるのでびっくりした。
ラピードの運転席は数字からすると決して広々とした印象ではなく、座ると逆にぎゅっと詰まって包まれたコックピット感がスポーツカーらしさを感じさせるのだけど、そこから実際に運転し始める際もきっちりと操作しやすい体勢が取れてドライビングポジションの懐の深さを感じた。
ステアリングはロータスのような英国スポーツカーらしい近距離の範囲内で調整するのかと思いきや、テレスコピックは意外と遠くまで押し込める。これがアルファロメオ流かとジュリエッタに渋々矯正されつつも遠めのポジションに慣れてしまった身としては助かった。電動パワーシートも普段ジュリエッタでやや高めに設定してイージーに乗っている自分でも快適な所まで持ち上げることができた。
そうして心地良いポジションを探し当てて走り始めると、目前にV12エンジンを抱え込んだ5メートル超えの車とは思えない見通しの良さと、12気筒の猛獣とは思えないほどジェントルな走り出しに驚く。
大柄ながら距離感は掴みやすいし、西湘バイパスを抜けて伊豆の狭い道に到達しても車幅に嫌な恐怖を感じる事も無く、ZF製の6速オートマチックは低速域でもギクシャクする気配は無く滑らかだ。
もちろん物理的に5メートル以上の長さがあると狭い駐車場での取り回しには気を遣う所はあっても、左右のミラーから見える筋肉質なリアフェンダーの張り出しやフロントの造形は距離感が掴みやすく、大きな物を大きな物として認識すればサイズ感に合った振る舞いに苦労する事は無かった。
一般的なセダンと比べるとリアハッチ越しに見える後方視界が狭いらしいが、これは一般的なロータスと比べたら取るに足らない悩みだった。
またラピードは遊び心に溢れた英国紳士のごとく二面性のある車で、2つのボタンでそれぞれアクセルとサスペンションの振る舞いを変える事ができる。
標準ではV12は低回転でジェントルに振る舞い、荒れた路面も滑らかに丸め込んでくれる。スポーツボタンを押すとアクセルレスポンスが鋭くなり、オートマチックは踏み込むと高回転まで引っ張ってくれる。サスペンションのボタンを押すと、別の車かと思うほど足回りがハードな乗り味になる。どちらもオンにしてワインディングを走ってみればこの車が4ドアスポーツカーを自称している理由がしっかりと体感できる。
ただこれらのボタンをうっかりオンにしたままにしておくと、同じ開度でアクセルを踏むとアクセルレスポンスが良すぎて急発進してしまうし、荒れたボコボコの道では足がハードすぎて同乗者に優しくない。街乗りでは両方オフにした状態を心掛けたい。
普段はジェントルにリラックスした空間で移動でき、いざスポーツカーとして楽しみたい道ではしっかりと応えてくれる。道が混んでいて低速であってものんびり走れてストレスはたまらないし、羽を伸ばせる道であれば存分にV12の咆哮を聴きながらワインディングも楽しめて、GTカーとして申し分無い。
2トン近い車ではあっても走り出しをもっさり感じる事は無いし、回頭性も軽快で車重で外に引っ張られる不快感も無いし、止まるのに無理を感じる事も無い。2トン近いとは思えないというよりかは、2トンあっても手中に収められる、十分に余裕のある性能を備えているという信頼性が車から伝わってくると感じた。
道中では山葵を擦って禅寺そばを頂き、重要文化財の松城家住宅で明治初期の擬洋風建築を見学し、最後は富士山を背景にラピードを撮りつつ近所のいつものイタリアンで食事して解散した。
センセーショナルな一日だった。
否が応でも始動時に豪快にV12の咆哮が鳴り響いてしまうアストンマーティンは今の居住環境では家に置いておけないし、今の江ノ島近辺の道の狭い住宅街で飼うには大きすぎる車だけど、所有できるタイミングが来たら是非所有してみたい車だと思った。
事が順当に進めば半年後には北海道に住んでいる予定なのだけど、あの広大な大地を駆け抜けるにはぴったりだろうと思う。4ドアを活かして、ちょっと長めに旅してみるのも良いかもしれない。やってみたい。
そういえば、冬に札幌を訪れた際に雪の上を走る銀色のアストンマーティンを遠目に見かけたのを思い出した。あれは美しかったな。