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アート作家のumi.doodleちゃんが愛兎の絵を描いてくれました


今から遡ること5年程前、
実はこの絵は完成していました。

お互いの活動が忙しくて、
なかなか会えなくなってしまって、
でも受け取るなら絶対直接じゃなきゃ嫌で、
この度、漸くお迎えに行けました。

絵についてお話する前に、
これまで殆ど語ってこなかった愛兎について、
最初で最後の、思い出話を認めよう。



▶︎ 愛兎と僕の思い出話


僕と愛兎が出逢ったのは、
今から8年程前。

既に彼女は2~3歳。
平均体型を余裕で上回る、
所謂ぽっちゃりさんだった。

そんな彼女の飼い主さんが暫くして
海の向こうへお引越しすることになった。

兎という生き物は
よく“さみしいと死んでしまう”と言われるが、
その真相は、いつもいる人がいなくなる、という
些細な変化で大きな影響を受けてしまうくらい
繊細さんである、ということから、
そんなお話が生まれたみたい。

だから、そんな長い距離を移動したら
移動のストレスで死んでしまうかもしれない
ということから
冗談半分で「牧場にでも放そうかな」と言った
飼い主さんの言動が許せなくて、
勢いで「だったら僕が引き取る」と、
うちの子になったのだ。

しかし引き取ってから数日後、
僕は突然体調を崩し、
緊急手術&1週間程の入院、と
早速側に在れない状況になってしまった。

周りのサポートもあり、
退院後は漸く一緒に生活できるようになり、
元気いっぱいの彼女とたのしく暮らしていた。

数ヶ月の時が流れ、僕は実家を離れた。

彼女も一緒に連れていこうか悩んだが、
「またお引越しじゃ可哀想だから、うちでみるよ」と言ってくれたこと、
母をひとり実家に残していく心配も
彼女がいてくれれば少しでも癒しや刺激になるかな?と思えたことなど、総合的に考えて、
僕らは別々に暮らすことになった。

月に1回は母と彼女の様子を見に帰った。
どんなに忙しくても、時間をつくった。
会う度に、彼女の温室育ちな態度に、
僕は癒され、愛おしいキモチが溢れた。

穴掘りがだいすきで、至る所の布に穴をあけ、
狭い所がだいすきで、ソファの隙間に潜り込み、
おやつがだいすきで、食い意地が凄かったんだ、
何でも構わず齧るから、
電話線を知らぬ間に嚙み切ってしまい
電話が繋がらない事件が発生したこともあった。

ソファが彼女の定位置で、
外のセカイを眺めながら
穏やかに生きている様子だった。

ピアノの音が嫌いで、ピアノが弾けなくなった。
掃除機の音、爪切り、抱っこ、
いろんなことがだいっきらい。
お外は怖くて、1度も出たことがない。
兎のくせににんじんが好きじゃなくて、
にんじんのはっぱはすきだった。

声帯がないから鳴けないのに、
鼻を鳴らす音や、表情や態度で、
怒っているのか、喜んでいるのか、
直ぐに分かった。

彼女はほんとうに活発で、素直で。

撫でられることがだいすきで、
はじめましてのひとにも「撫でて?」と
直ぐに頭を低く出すもんだから、
いっぱい撫でてもらえて、
誰にでも可愛がられて、
沢山のひとから愛情を貰っていたと思う。

同時に、沢山のひとに
しあわせを与えていたと思う。

そんな日々が何年も続いたある日、
暫く実家を空けることになり、
僕らは再び、一緒に暮らすことになった。

大自然に囲まれた広々とした実家から一変、
広さも、空気も、なんもかんも違う、
全く知らない場所に、
またお引越しになってしまった。

すべて人間の都合で、振り回され続けた彼女。

気付けば、
平均寿命と言われる年齢になっていた。

再び一緒に暮らし始めてから
如実に変化を感じて、
一緒に生きられる時間をより大切にしようと、
沢山そばにいて、沢山記憶を刻んだ。

でも一方で、いろんなことが重なり、
僕の方が、ギリギリになっていた。

そんな僕の隣に彼女はスッとやってきて、
いつもは一定の距離を保って側に在るのに、
じーっと僕を見上げた後
ぴったりと寄り添う形で、安息の姿勢をとった。

微熱のまま毛布に包まりながら
静かに仕事を続ける僕の隣、
彼女は黙って、在り続けてくれた。

それから約1ヶ月後、
帰宅すると、彼女は倒れていた。

遂に来たかと思い、
驚いて名前を呼んだ僕の声に応えるように
彼女はバタバタと身体を動かし、
生きていることを伝えてくれた。

やっとだいきらいな抱っこさせてくれたのに、
その身体は、冷たかった。

せめてと思い、必死にあたためて、
ありったけの感謝を伝え、
最期まで離れないと誓った。

最期に自分の腕の中で見送ってあげられなかったことが唯一悔やまれるが、
再び共に暮らしてから約半年後、
彼女は、ゆっくりと、静かに、呼吸を終えた。

それから僕らはまた、実家に戻った。

またお引越し。最後のお引越し。

何事もなかったかのように仕事をこなした翌日、
愛犬の眠る場所へ、僕は彼女を連れて行った。

眠る彼女を見たみんなが

「天使みたいだ」

と言ってくれた


彼女がしあわせだったかはわからないが

僕は確実にしあわせだった

彼女と生きられた僕は、しあわせものだ。


かなしみは上塗りで薄れるという

コロナ禍もあり、
新たな子をお迎えすることを何度も検討したが、
どんな形であれ、また人間の我儘に付き合わせてしまうことを考えると
お迎えに行くことができなかった。

何より、我儘姫が、きっと妬いちゃうから、
もし次があったとしても、
今は彼女の思い出と生きていたいと思った。

彼女と別れて約1年半、
未だに声にして語れないくらいに愛している。

僕の中で、ずっと、僕と一緒に、
呼吸をしてくれている。



▶︎ umi.ちゃんが絵を描いてくれるまで


思い出話が長くなってしまったが、

そんな彼女が
実家で元気にぴょんぴょんしていた頃、
umi.ちゃんが絵を描いてくれることになった。

umi.ちゃんとは、広く言えば、表現者仲間、
狭く言うなら、おともだち。

一緒に舞台に立ったこともあれば、
あそびに出掛けたこともあった。

(プライベートでも創作をする僕ら。笑)

そんなumi.ちゃんに
彼女らしいエピソードと10枚程写真を送った。

僕がしたことは、たったそれだけ。

色味や雰囲気など
オーダーすることもできるようだが、
umi.ちゃんが受けたインスピレーションを形にしてほしいと思い、
写真のチョイスも、何もかも、お任せした。

程なくして、完成したと連絡があり、
数ヶ月後に控えていたumi.ちゃんの初の単独個展「B.D」で初めて見ることができた。

ただただ感動してしまった。

誰かにとっては1枚の絵でも、
僕にとっては限りなく愛おしい1枚の絵が、
其処に飾られていた。




▶︎ 愛兎を描いてもらってよかったこと


彼女が旅立ってからもう1年半程経つのに、
僕は1枚も写真を飾ってあげられなかった。

常に見つめるには苦しすぎる程、
僕は彼女を愛していたようだ。

でも、絵の中の彼女は、
穏やかに見つめることができた。

たった1枚の絵の中には
沢山の思い出が詰め込まれているのだ。

これは写真で切り取ることはできない、
記憶の宝箱の具現化である。

いちばん自然体だった時の彼女が、
其処に在る事実が、うれしくて、うれしくて、
いちばんそばに飾り、
日に何度も何度も、挨拶を交わす。

絵を描いてもらうことで
こんなにしあわせになれるなんて

umi.ちゃんには唯々感謝です

人間ではない家族の大半は、
自分が見送ることになる。

でもそれはつらいことではなく、
さいごまで側に在れるさいわいを孕む。

その限られた時間の中、
沢山感じられるしあわせだけを、形に残せる。

いつか思い出に変わる現在を、
既に思い出となったあの頃を、
ずっとずっと前の、大切なあの時を、
何気ない、もっとフランクな瞬間を、

沢山の想いと、やさしさが詰まった、
たった1枚の絵に、
umi.ちゃんは込めてくれました。

今度こそ、いつまでも、どこでも、
一緒に暮らせる。


もしも興味のある方、
額装も絵に合わせて綺麗にしてくれるので、
まずはお問い合わせをしてみてね。

umi.doodle Mail
→ umi.naminamina@gmail.com

*オーダーから納品まで:3ヶ月から1年程
*金額:オーダーする内容やサイズで変動
みたいです◎

▶︎umi.doodle HP
▶︎umi.doodle Twitter



umi.ちゃん、ありがとう!!!

このサポートは、基本的に、僕の、お勉強や、成長の為に、使わせていただきます。 キモチと、キモチが、交われたら、、よしなに。