習作 #すみれパイン

悩みに直面してくれるキャラクターはやっぱり魅力的じゃなきゃなあって思って書いてみる習作。#すみれパインミント少なめ

 透子先輩は、消えてしまいそうなその名に反発するように活動的で存在感の大きな人だったが、夜になると逃げるようにいなくなってしまうことをその日まで僕は知らなかった。僕自身がコミュニティで時間外の付き合いをしないからだった。面倒臭がり屋の性質を変えられないまま大人になった僕が唯一の楽しみとして続けている一人でのbar通いの帰路のその道すがら、ふと気まぐれを起こして彷徨い込んだ路地裏で透子先輩は震えていた。何かから逃れるように、何かを恐れるように上空へ視線を迷わせながら。そこは完全な暗がりで、せっかく満ちる時を間近に控えた月の影も届かない細い細いビルの隙間。先輩は僕に気づかない。僕は自然、足音を忍ばす。特に悪いことをしているわけでもないのに外で知人に会うと身を隠そうとするのはいつもの癖だ。いつもと違うのは、遠ざかるのではなく近づいていっているのに気配を消そうとしているところ。僕は自己矛盾をうまく処理できないまま、どこで止まれば良いかもわからず、ただ慣性の法則に導かれるように歩を進める。あと、6メートル程。僕は、透子先輩、と呼びかけるための発声の準備をする。

 その時、震える透子先輩の元へ僕と反対方向から老年の男女が走り寄った。彼らは手にした黒いものを透子先輩にかぶせる。ゴミ袋?違う、質感はむしろ布のような、これは麻袋ではないか。しかしそれよりもっと漆黒に近いようだった。誘拐か、通報すべきか、通信端末へ手を伸ばす僕に彼らは一瞥もくれず先輩を布で覆い尽くし、手際よく運び出す。暴力的なその場面に居合わせながら僕の足は動かない。怖気付いたからではなかった。僕は確かに臆病でそれを自覚してさえいるけれど、それは誘拐にしてはあまりに優しい老男女の手つきと視線、先輩の一切抵抗しなかったことにあった。そう......合意の上で、同意の上で、彼らは透子先輩を助けにきたように見えたのだ。透子先輩も老男女もいなくなり、ただ無機質で薄汚れた都会の暗がりだけが目前に残る。焦点が合わず震える透子先輩は残像になって脳裏を離さない。だから残像の実態を失った目前の闇は何かが足りないような気がして、しかしそんな自分の妄想の気持ち悪さに逃げるように後ずさって、背が肉のようなものに当たり。暗転。

(とちゅう)

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