いづれの御時にか

古典文学の冒頭として有名なくだり。よく「いつの帝の御代であったか」と訳されてたりするけど、どういう訳が適切かちょっと考えてみた。

平安時代、数十年に一度に帝が交代している時代。どの帝の時代かということはどの世代かという意味になるし、宮中では帝は知らない人はいない存在なので、そうやって世代をカウントすることはかなり当時ピンとくる表現だったんだと思う。「どの帝の御代のことかはちょっとわからないんだけど」ってちょっとぼかしながら、でも少し昔だけど、そんなに遠くない身近な話としての物語が展開されていく冒頭なんだと思う。

でも、現代人にとって帝ってもう在位期間も長いし、そんなに身近な時代のカウント方法でもないんだよね。。元号の方がピンとくるかな?いや、それも期間が長すぎてやっぱりしっくりこない。

内閣総理大臣の方がしっくりくるのかな?
「いつの総理の時代だったか」
いやなんかちがうな。この後政治経済の話が展開されていく気しかしない。。

もっと身近な話で行くとアイドルとかになるのかなぁ。
「スマップが流行ってた頃だったかしら、それともシブがき隊が流行ってた頃だったかしら」
こっちの方がしっくりくる。

いやでもこの後、歌謡曲の話が展開されていくとかならともかく、、平安時代の恋愛の話だったりするからその後もつなげて訳してくとなると時代感をそのまま現代に焼き直さないとなかなかきびしいな。。

古典文学を生のままで理解するには、当時の世界観を持ってないと難しい。古典文学を現代語訳するのも単に言葉だけの問題じゃなくて、当時の常識とか感覚を現代に置き換えるのはなかなか難しいな。

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