苦しみの重要性

「人は幸福になる為に生まれてきた」

この考え方が正直僕の人生観にはしっくりこない。

僕自身、尊敬出来る両親に恵まれたし何不自由無い生活をさせて貰えて自分の運の良さに感謝の極みであるが、その反面強迫神経症を抱えて毎日が苦痛そのものであったりする。

精神の病を患う事がどれほど辛いかは体験した人以外は本質的には理解出来ないと思う。
それは本当に孤独で、光の無い洞窟を永遠に彷徨っているかのごとく不安に押しつぶされる気持ちに駆られる。

しかしその苦しみを経験した上で、精神的に健康である状態の幸福も知り得た。

先日沖縄に行き、身体的な病気を患っている友人と話していると友人が「今の僕は体調が悪過ぎて人に対する嫉妬の気持ち等忘れてひたすら健康になる事を望んでいる」と述べていたがまさにそういう事だ。

病気じゃ無い状態がどれ程恵まれている状態か理解するには病気になってみないと分からない。

大きな苦しみを知ると、小さな事(皆が当たり前だと思い享受している事)にすらひたすら感謝出来る。

当たり前が当たり前では無い事に気付けたのは大きな学びであり、成長とも言える。

そういった苦しみから得た学びにより人は成長していくと思うのだ。

要は本質的に幸福になる為には苦しみを経験して精神的な成長を遂げる事が必須になるのでは無いか?という事だ。

故に「人は苦難を知り、辛い経験を経て精神的に成長して最終的に幸福になる為に生まれてきた」

となれば概ねしっくりくる。

「人は幸福になる為に生まれてきた」という主張の真意はよく分からないが、不条理に溢れていて幸福とはかけ離れているこの世界の現状を考えるとむしろ人を不幸せにする思想なのでは無いかなとすら考える。

「幸せになりたいのに、今の私は、、、」

という思いに駆られてる人を山の様に見てきたので、現代社会において必要な思想は苦しみや苦難を肯定する思想なのでは無いだろうか。

「この苦痛や苦難は意味がある」という発想に転換するには、幸福にだけ焦点を当てずに苦しむ事を重要視する思想がいる気がしてならない。

「今の苦しみや苦難は貴方の精神的な成長を促す絶好の機会であり、それがやがて幸福に繋がる」と述べて終わりにしたいと思う。







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