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神さまとワタクシ③

平成9=1997年6月ワタクシは遂に年貢を納めた。
結婚したのだ。
起承転結、人生夏の時代という、30代40代をワタクシは転がり落ちていく…
相手はバツイチで子供が居たが元夫のDVに耐えかねて、子供を放置したまま実家に避難してきたのだそう。出会いは酒絡みで、スナックで客と従業員として出会った。30代初め同い年の二人は間もなく付き合いはじめる。さまざまなお試しがあったが当時のワタクシには恐怖を感じることがなかったので…これが修行の出発点かもしれない。
周囲の忠告に耳を貸さず、結婚した。
更に結婚の翌年、周囲の忠告に全く耳を貸さず10年勤めた大企業を辞めた。
地獄の30代に自ら舵を切った。
仕事はここからおよそ8年間、年賀状印刷会社、ブラック企業コールセンター、菓子メーカーで身体が疲弊するほど一生懸命に働き、生命と家庭の危機を乗り切るため、再び這い上がって、恥も外聞もなく、かつての上司に頼んで頭を下げて、43歳今の会社へたどり着いた。
結婚後は昼間は働く修行、家に帰ると元妻の憑依現象と向き合う日々がおよそ12年間続いた。
憑依と思い、除霊をしたり、祈祷をしたりしたが、今から思えば元妻はアルコール依存症だった。ワタクシは元妻をそうさせた罪にも似た十字架を背負って生きていた。毎日が地獄で辛かった。ようやく辿り着いた会社も当時の社長が典型的なパワハラで最短三か月で辞めた役員もいたほどである。
昼間は会社で怒鳴られ、夜は憑依した元妻の化け物に脅される日々。
怖いものなしで過ごしてきたワタクシには十分過ぎる修行となっていた。
2012年頃から元妻は家事が全く出来なくなり、家はゴミ屋敷、顔を合わせれば苦情の嵐で耐えきれず家を出た。
その後、話し合いの場を持ったが、元妻の言葉を信じられなかったので、弁護士をつけて離婚調停をした。経験してみなければわからないが、離婚調停は正直疲れるし、メンタルがやられてしまう。
最初は、ワタクシに非があるという思い込みを抱いていた調停員の二人も、客観的な証拠や感情に走らない丁寧な説明を繰り返すうちに、ワタクシの主張を受け入れてくれた。
調停はワタクシ側のペースで進んだが
なかなか元妻は認めようとしない。
埒があかない状況にワタクシは考えた。
考え抜いた挙げ句に辿り着いた結論が、『神頼み』であった。2012年12月冬至、人生初のお伊勢詣りに行く。
ようやく神さま登場✨
…続く

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