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あわい、あわい

淡い、間。

何かと何かの間にあるものが大事なんじゃないかって話と、個人的な神秘体験の共有。

大事にしたいなと思う人は、その人の備えている属性(性格、技術、容姿、経歴、価値観etc.)、すなわちおおよそのスペックが自分の理想とどれだけ合致するかというよりは、その人と自分との間にあるエピソードが重要なものとなるな~という人生の所感があります。あなたのこういうところが好き、ではなく、あなたとこういうことがあったのが嬉しかったから好き。まあ、そのエピソードが発生するにあたって属性やスペックが影響するシーンも多いので、完全にエピソードベースとは言えませんが。


神秘体験の話をしましょうか、と思ったけどその前に。
私、体系化されたスピリチュアルはあんまり好きじゃないというか、体系化自体の再現性や解釈に疑問点が多々あるので信用していないことがあり、ただ「確かに存在した個別事象」については否定はできないという立場です。
前にも書いた気がするけど、昔はウイルスやニュートリノなんて無いとされていましたが、これは解明できていなかったからで、現在検証が不可能ないくつかの非科学的事象についても後世に解明される余地はあると考えています。

という予防線を張ったうえで本題。

夢占いというよりは、夢から醒めるか醒めないかのとき、かなりリアリティあるせん妄……?幻覚……?のようなものをしばしば体験します。体重が70kgはありそうな男性の足音が聞こえたり、母が部屋の鍵を開けて入ってくるのが見えたり、手と手がふれる感覚があったり。
一度、具体的な文字列のお告げがあり、起きた後にそれにそってアクションを起こしたところ、表立って書くことを躊躇するような奇跡的な出来事が起こったこともあります(課金部分として書こうかな)。

とりわけ昨晩は、手と手がふれるにとどまらず、握ったり繋いだりしてくれたんですよね。不思議と恐怖はなくて、むしろあたたかい気持ちになった。そんなの錯覚だよ、脳の誤作動だよと言われてしまえばそれまでですが、夢と現実の"あわい"にそういうことがよく起こるというのがここ1年半くらいの実情です。
吉兆か凶兆かは分からないし、足音や母親アポなし凸は勘弁願いたいものの、ふれる手にはなんとなく安心感があります。

また会えるといいな。


◆おまけ:お告げの部分↓

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