DNAワクチンとmRNAワクチン

今から30数年前、私は米国ミシガン州立大学の公衆衛生学部ウイルス学教室の客員研究員として、インフルエンザの生ワクチンの研究に従事していました。ある時インフルエンザの世界では有名な先生が研究室を訪ねてこられて、教授のお供で昼食をご一緒したことがありました。食事をしながらその先生は、ヘムアグルチニン(コロナのS蛋白と同じウイルス粒子表面の棘)の遺伝子DNAを発現プラスミドととしてニワトリの筋肉内へ投与すると、抗体応等を誘導することが出来るんだよ、とおっしゃいました。今から考えるとあれが、DNAワクチンの始まりだったのかもしれません。

その後直ぐにVicalというアメリカのベンチャーが、インフルエンザのDNAワクチンを開発し始めました。しかし、マウスレベルで良い結果が出るのですが、ヒトでなかなか有効な免疫応答を誘導することができず、途中で諦めてしまうことになります。DNAワクチンのコンセプトが登場した最初の頃は、すべてのワクチンがDNAワクチンに置き換わってしまうのではないかと思うぐらい革新的なアイデアでしたが、結局ヒトはマウスではない、という結論になっていたと思います。

新型コロナワクチンの開発レースにも、米国のInovio社と日本のアンジェスがDNAワクチンで参入してきました。いずれも最初の頃はトップ集団につけていましたが、結局臨床試験で良い成績が出せず、現在ではかなり遅れてしまっています。一方で、ファイザー/BiontechとModernaのmRNAワクチンは臨床試験で90%以上の防御効果を示し、日本での新型コロナコントロールに大きく寄与しています。インフルエンザのDNAワクチンの失敗から、私も当初はmRNAワクチンの効果がここまで高いものになるとは予想もしていませんでした。実際に誘導される抗体価は自然感染後に誘導されるそれと比較して桁違いに高いものです。なぜそのような効果を持たすことが出来るのか、詳細な研究が望まれます。

当然ですが、新型コロナのmRNAワクチンの成功によって、インフルエンザ、HIV, ヒトサイトメガロウイルス感染症などに対するmRNAワクチンの開発が加速されています。多くのワクチンにとってmRNAワクチンがゲームチェンジャーになるのか?来年には色々と検討の結果が出てくると思います。楽しみです。

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