「月がきれいですね」テレ東ドラマシナリオ
あらすじ
結婚10年目を迎える夫婦の生活を描いた。妻のある言葉をきっかけに、言葉に対して疑いをもつようになる。そこで夫は二人だけの約束として「好き」「愛している」をNGワードにしようと提案する。それでも二人の愛は深まっていく。そして結婚記念日の夜、二人は愛を確認しあう。
【主な登場人物】
・吉田 勝(37歳) 中学校の国語主任 3年生の担任
・妻 みなみ(35歳) 市役所市民課勤務 戸籍異動等の受付
【ナレーション】
文豪夏目漱石が英語の教師をしているとき、「I love you.」を「私はあなたを愛しています」と訳した生徒がいた。漱石は「日本人は、そんなことは言わない。『月がきれいですね。』とでも訳しておけ」と言ったそうだ。
作り話だという説もあるが、「好きです」や「愛しています」より何とも奥ゆかしい。
〇 市立中学校 午後の教室
生徒のにぎやかな声 始業のチャイム
中学3年生の教室 国語の時間
田中 勝 「今日も、短歌についての学習を進めまていきます。有名な歌を鑑賞して、最後には、自分の歌を創ってもらいます。」
否定的なざわめき、わくわく感の声などさまざま
生徒(男) 「無理無理、おれ、才能ないもん。」
勝 「やる前から、弱音をはいちゃだめだよ。百人一首をやったことはありますか。」
あるある、小学校で、家族でなどの声
勝 「百人の歌が一首ずつ集められたから百人一首と言うんだけれど、そのうちの43首が恋愛の歌なんです。例えばこの歌」
黒板に一首書く
あふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも うらみざらまし
勝 「恋の歌です。意味は、『もし、あなたに一度も会っていなければ、こんなにあなたのことを思うこともないのに。こんなに自分の運命というものを恨んだことはありません。』 どうですか、わかりますか〇〇さん。『人をも身をも』って、『あなたの冷たい態度も自分の不幸な運命も』と解釈できます。恋することと恨むこととは紙一重だね。学校で教えちゃっていいのかねえ。」
自分で言ってるくせに。とか、わかるなあ などの声
勝 「今の時代にも通じるね。こんなのもあるよ。」
黒板に短歌を書いていく。
優しさが 次第に辛くなってゆく あなたにあえて 幸せでした
勝 「片思いは切ないねえ、心が揺れたときに歌が生まれます。」
生徒とのやり取りが続く中でフェイドアウト
〇 市役所市民課戸籍異動係
市民が数人、戸籍異動の書類を提出するための手続きをしている
外国人カップルの男性「オネガイシマス」
みなみ「転居届ですね。はい、これで大丈夫です。お疲れさまでした。」
次の方どうぞ、などと対応が続く。
〇 市役所職員食堂 市民も一緒に昼食が取れる場所
市役所同僚 「ねえ、さっき来た人、フランス人よね。」
みなみ 「なんで?」
同僚 「jute-mu(ジュテーム)って女性に言ってたでしょ。」
みなみ「ジュテームって?」
同僚 「フランス語の I love you.よ。坪倉唯子って知らない?」
みなみ「知らないわ。だれ?」
同僚 「カラオケでたまに歌うわよ。ちょっと古いか?」
みなみ 「どこででも愛をささやかれるって、素敵よね。」
同僚 「日本人にはいないわね。」
うなずくみなみ その後、それぞれの夫の話や家庭の話など
〇 吉田夫婦のマンションの一室 午後7時30分 夕食
勝 「だからさあ、日本人は、いちいち口に出して言わないの。」
みなみ 「言われなきゃ、分かんないわよ。」
勝 「照れもあると思うけど、何気ない行動を察するのが日本人なんだよ。」
ビールを飲んだ後
勝 「授業でさあ、短歌の学習してるんだけど、好きとか、愛しているって言葉を使わないで、恋とか愛を語るのよ。分かる?」
みなみ 「でもさあ。」
勝「いただきます、とか、ありがとう、とかは言うでしょ、ふつうに。」
みなみ「それって、挨拶でしょ。」
勝「外国人の I love you.って挨拶レベルなんじゃないの。」
食事をしながら勝を見ている
勝 「そういう言葉って、使えば使うほど価値が下がっていくんだよ。そうだ、うちではさ、「好き」「愛してます」ってNGワードにしない。」
みなみ「何それ? そもそもNGワードにする必要なんてないじゃん。」
勝 「まあ、そういうことで。ごちそうさまでした。」
食器を台所へ運ぶ勝、それを見つめるみなみ
〇 台所 後片付けをしているみなみ それをみている勝
〇 テレビを見ながら涙ぐんでいるみなみ それを見ている勝
〇 明日の授業の準備をしている勝 それをみているみなみ
〇 スーパーマーケット 夫婦で一緒に買い物
ぎんなんをかごの中に入れる勝 勝の顔を見るみなみ
〇 風呂上り バスタオル姿のみなみ それを見ている勝
〇 保護者からの相談の電話に対応する勝 それをみているみなみ
○ 忘年会の帰り道、酔ってます。とLINEをする勝。それを見るみなみ
手遅れだとは知っていながら「飲み過ぎ注意」のスタンプで返信するみなみ
○ ペットショップで子犬を見ている夫婦
〇 美容室で髪を短くするみなみ その日の夕食 吉田宅での7時30分
勝 「あれ? 短くしたんだ。」
みなみ 「ええ。」
勝 「何かあったの?」
みなみ「ちょっとね。」
会話はなくテレビを見ている勝 それをみているみなみ
〇 2月〇日 吉田夫婦の10回目の結婚記念日の夜 いつものように夕食だが、いただきます。の代わりに
勝 「結婚記念日、おめでとう。10年だぜ。」
みなみ 「そうかあ、10年かあ、これも一重に私のおかげね。」
勝 「まあね。ずるさも長持ちの秘訣。」
みなみ 「どういう意味?」
勝「錫婚式って言うんだって。」
みなみ 「錫(すず)?」
勝 「そう、鉛と混ぜてハンダにするやつ。」
みなみ 「安っぽそう。」
勝 「金や銀には敵わないけど、ぐい飲みとか、けっこういいもんもあるよ。」
みなみ「あのさあ、出来たみたい。」
勝 「何が?」
みなみ「何がって……。」
勝 「あかちゃんか。」
うなづくみなみ
勝 「仕事、休めるのか?」
みなみ「まだまだ先よ。」
勝 「そりゃ、そうか。子犬はしばらく飼えないな。」
みなみ 「うん……。」
勝 「やっぱ、ぐい飲みは買っちゃおうかな。」
食事が終わりマンションのベランダに出る勝
ベランダに出てなかなか戻らない勝
みなみもベランダに出る
みなみ 「どうしたの? 好きとか愛しているとか、うちらにはいらないみたいね。」
返事をしない勝の顔をのぞき込むみなみ
勝の眼には涙がいっぱい 指をさしながら
勝 「ほら、月がきれいだな。」
みなみ「ほんと。」
抱き合う二人
終わり
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